ゆうこ

 今井が居た木の下に、段ボールと縄が見えた。 おばさんが使っていた段ボールと縄だろうか。 あぁ、おばさんが用意していて呉れたんだ、そう優子は思った。 操られるように縄を取り、ブランコの鉄パイプに放り投げ、鎖に掴まりながら揺れる座板の上で輪を作った。 失敗のないように、縄を二重にし何度も結び目を堅く結んだ。 自分は冷静だと、優子は思った。 気が狂って死ぬのではなく、冷静に廻りが見えたまま死んで行くのだと思った。 生きるためには少しの力も残っていなかったが、死への作業はまるで心弾むようだった。 まるで生きるために何かを一生懸命やっているような、そんな意識の集中だった。
 
 両手で鎖を持ち、揺れる座板の上に立った。 目の前に、濡れた縄が揺れている。 片手を離し不安定な中に、縄を首に巻き付けた。 後は鎖を持った手を離し、座板を少しだけ蹴ればいいのだ。 ブランコが揺れ、ささくれだった縄が首に痛痒(いたがゆ)かった。 
 小さい頃初めてプールに飛び込んだときのように、大きく息を吸い目を瞑(つむ)り、そして優子は座板を蹴った。 外灯の光の中に降る雨が、桜吹雪となってきらきらと優子の瞼の裏に降った。  ああ、お母さんとおばさんの骨が舞っている、一瞬にして遠ざかる意識の中で優子はそう思った。 
 おかあさん! 何故私を見捨てたの! 意識を失う寸前、優子は心の中でそう叫んでいた。

 

     *
 下の方に、ブランコで首を吊っている自分が見えている。 そして、別の自分が中空に浮かんでいた。 自分は死んだんだろうかと思った瞬間、目も眩むような黄金の光の輪が温かく優子を包んだ。 その光が頭頂部から優子の体に流れ入り、体の中をゆっくりと渦を巻きながらつま先に抜けて行く。 自分が光に溶けて行くようで、何とも言えず温かく微睡(まどろみ)を誘う心地よい光だ。 自分が生きてきた一場面、一場面が走馬燈(そうまとう)のように見える。 記憶の彼方に忘れ去られていた場面も、はっきりと憶えている場面もあった。 それは一瞬のようにも、長い時間廻っているようにも思えた。 
 やがて、優子の体はその黄金の輪の中を上昇し始めた。 耳をつんざくような轟音(ごうおん)が辺りに充ち、恐しさが甦り、ああ、私は死ぬんだと優子は思った。
 

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