ゆうこ

         
  黄金の輪の中、ずっと遙か上の方に小さく輝く光が見え、その光目指して優子の体は光と轟音に包まれながら、ものすごい早さで昇っていった。 途中で気を失ったようだった。
 気が付くと、黄金の光も恐ろしい轟音も消えていた。 色とりどりの草花が咲き乱れ、柔らかな光が燦々(さんさん)と降り注ぐ草原に優子は立っていた。 見霽(みはる)かす空は、地平の果てまで青く高く澄み渡り、吹き来る微風は香(かぐわ)しい微香に充ちて肌を慰撫(いぶ)し、耳朶(じだ)をくすぐる心地よい楽(がく)の音に混じって小鳥の囀(さえず)りが聞こえている。 遙か遠く、潮騒の音も聞こえているようだった。 静謐(せいひつ)に澄み渡った空の何処にも太陽はなく、この柔らかい光が一体どこから来るのか判らなかった。
 全てが五感に優しく、恰(あたか)も存在しないかのようにそこに在った。 自分の存在の感覚はあるが肉体はなく、ただ優子の意識だけが浮遊していた。 何の不安も恐怖も苦痛も迷いもなく、至福だけが優子を満たし、自分の肉体の感覚が在る処にも優しい光が降り注ぎ、そよ風が吹き抜けていた。  

 どこからか、自分を呼ぶ声が聞こえる。 遙か遠くから呼んでいるようにも、すぐ耳元で囁いているようにも聞こえる。 振り返ると、清冽な水の流れる小川があった。 穏やかに光輝く真砂(まさご)を敷きつめた河原があり、川の中の石は丸く艶(つや)やかに在った。 対岸には白い靄(もや)が緩やかに流れ、その向こうは濃い靄に隠れて見えなかった。 優子は吸い寄せられるように、河原へと滑っていった。 
 
 「優子、来ちゃあダメよ」
 「優子ちゃん、来るんじゃないよ」
 その靄の中に、母と今井が立っている。 二人は、手を繋いでいた。
 「私も、そっちへ行きたいの」 
 「ダメよ、優子。 来ちゃあダメ」 
 母の声だ。
 その顔は、幼い優子を抱きしめてくれた時の、あの優しい顔だった。
 

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