ゆうこ
 
 「そうか、死にたかったか。 この頃の若い子はわからんねえ、簡単に人を殺したり自殺したり、一体今の世の中、何が間違ってるのかねえ。 まあ、しかし助かってみたらわかるだろ? 生きてるっていいことだって。 家庭も複雑なようだけど、まだ若いんだから。もう二度とやっちゃあいかんよ。 わかったね」 
 警官はそう言うと、それ以上聞かず帰っていった。 
 
 優子は自分が死なずに、今こうして生きていることに実感が湧いてこなかった。 こうして生きていることが夢で、肉体がなく解放された意識だけがあったあの天国のような草原が現実のように思えた。
 思えばこの生に対する実感の無さは、母が死んだ時から自分に付きまとっていたような気がする。 今まで自分に笑いかけ、話しかけ、抱きしめてくれたものが、実はあの夏空に立ち上っていた煙と台車の上の骨にしか過ぎない、それが生と云うものだと優子は幼心にあの時感じたのかも知れなかった。 そして死なずにこうしてベッドに横たわっている今、その実感の無さをますます強く優子は感じるのだった。
 
 実感のない自分の生と他の人の生と何が違うのか、それは生きることに酔えるか酔えないかの違いのように思えた。 たったそれだけの違いなのに、自分の人生と他の人の人生との間には大きな径庭(けいてい)があるようだった。 生きるためには自分に酔えなくてはならないのに、優子にはまずそれが難しかった。 それが出来たのは母が死ぬ前と、今井といるときだけだったような気がする。 その時だけが、自分を忘れて本来の無邪気な子供だったように思う。 母が死ぬ前の記憶は優子の中で漠(ばく)としていたが、それでも普通の無邪気な女の子だったような気がする。 母が死んで継母が来てから、優子は何かと云えば自分を意識するようになり、そして自分の廻りも冷静に醒めた目で眺めるようになったのだった。 



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