ゆうこ

 七歳で母の死を経験し、以後愛に恵まれなかった優子が、子供と云う与えられた生に酔えなかったのは当然かも知れなかった。
 自分に酔えないのだから、年齢と共に与えられるその時々の色んな役割に酔えないのは優子にとって自然なことだった。 他の人が意識せずいとも簡単に出来ることが、優子には出来ないのだった。 自分に酔い自分に盲目になることで人間は生きていける代わりに、段々と純粋じゃなくなり醜くなるような気がした。 優子は自意識という重い荷物を何時も背負って生きていたのだった。 生の実感とは、自分への盲目的な陶酔が見させる幻想のような気が優子にはした。

 肺炎を併発した優子が退院したのは、街に紅葉の始まる頃だった。 その間、義母は優子の入院が長引くとわかって一度、優子の下着や部屋着類を全部持ってやって来ただけだった。 着替えの入った紙袋をベッドの足下に置くと、優子の顔も見ずに、
 「世話ばかり焼かせるんじゃないよ」
 そうぽつりと言うと義母は直ぐに帰っていった。 他人もいる病室のせいか、それとも優子が自殺を図ったことで心に思うところがあるのか、口調は強くはなかった。


 退院したその足で、優子は公園へ行った。 助けてくれた男に礼を言う積もりだったが、公園は綺麗に整備しなおされ段ボール箱の小屋は片付けられていて、公園の入り口には市役所の野宿禁止の看板が立っていた。 優子は、公園に入る気がしなかった。 勿論男がもういないせいもあったが、綺麗に整備された公園は何だか嘘っぽくて馴染めない気がした。 綺麗になった分、何処か温かさが感じられなかった。
 いい人は、みんな自分の前からいなくなってしまう。 それが自分に与えられた運命なのだろうと優子は思った。 優子は大きく息を吸うと、色付き始めた街路樹の下を実感のない生の方へと歩いていった。 
  

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