ゆうこ

 「そう、知ってんだ・・・、そうだよね、皆んな噂(うわさ)してるんだもんね」
 その言葉と表情には、もう自分に何が起ころうが、全てを受け入れるしかないのだと云う諦めと覚悟が揺(ゆ)らめいていた。 
 
 私は答えられなかった。 長い沈黙が二人の間に流れ、ゆうこは俯(うつむ)いたままじっと何かに耐えているようだった。
 私は後悔していた。 しかし、あの時はあれがゆうこに対する、私の精一杯の気持ちの表現だった。
 
 暫(しばら)くすると、ゆうこは顔を上げ、ありがとう、と小さく笑った。 そして、
 「気にしないで、もう慣れてるから。 でもホントにありがとう」
 と言うと、急に私に背を向け校舎の方へ駆けだして行った。 
 
 北風に髪を靡(なび)かせ走って行くゆうこの後を、枯れ葉が舞っていた。 皆んなが談笑している教室に戻る気はしなかった。 私は、ゆうこの座っていたベンチに腰を下ろした。 ゆうこのおしりのぬくもりが残っていた。 北風が私の頬を打ち、制服の胸元から吹き込んでくる冷気に、私は胸を抱き体を折って始業のチャイムを待った。 ゆうこが私の中に沁みてくるような気がした。
 
次の日から、風邪が非道くなって私は学校を休んだ。 高熱の眠っては醒め、醒めては眠るまどろみの中で、ゆうこの夢を見た。 夢の中で、ゆうこは結婚していて、台所で朝食の用意をしていた。 コンロの鍋から暖かい湯気が立ちのぼり、窓から差し込む柔らかい朝日が、ゆうこの横顔を優しく照らしていた。 用意を終えたゆうこは、エプロンを外しながら隣の部屋に向かって、出来たわよ。起きてよ、あなた、とハミングするように明るい声で言った。 やがて扉が開いて、ゆうこの旦那様が出てきた、と思ったら、それは私だった。 
 目が覚めてから、ぼんやりした頭で、ゆうこに恋をしているのかも知れないと思った。 しかし、それを不自然とは思わなかった。
 
 

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