パパとママって呼ばせて。
別れ
「そんな!」

蝉の鳴き声が、辺りから聞こえる八月中旬の真夏日、1LDKの小さな木造アパートに女性の叫び声がこだまする。

女性が叫びを上げたのには、理由があった。婚約者の口から、信じられない言葉を聞いたからである。

「信じられないかもしれないけど、本当なんだよ秋」

秋と呼ばれた女性と一緒にいた男性は、立ち上がり今にも泣き出しそうな顔をする女性の両肩に、手をそっと乗せ言葉を続ける。
男性の名は檜田 勇樹(ヒノキダ ユウキ)。女性の婚約者で、何処にでも居るような優しそうな男性である。

「秋も知っていると思うけど、日本は今、戦時中で徴兵令を発令しているんだ。だから……」

「でも、どうして勇樹さんなの! 必ずしも勇樹さんじゃないと駄目と言う事は無いんでしょ」

勇樹の言葉を遮り、女性が叫びを上げる。

女性の名は、嶋田 秋(シマダ アキ)。容姿は、何処にでも居るような普通の女性だ。だが、腰まで伸びた長い黒髪が、とても印象的な女性でもある。

「…………」

秋の叫びに勇樹は目をつむり、何かを考える様に沈黙した。

蝉の鳴き声が部屋中に響き渡る無言の時間が少し流れると、勇樹は目を開けて秋の瞳を見つめ、ゆっくりと口を開ける。
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