向日葵の下で
先生はそう言って解離性健忘症の説明をした。
解離性健忘症とは自分の重要な情報が思い出せなくなる状態だ。
ある一定期間の記憶もしくはすべての記憶が喪失する場合もあれば、起きたことを次々に忘れてしまう人もいる。
雪村さんの場合はある一定期間の記憶の喪失だった。
自分の名前こそ思い出せなかったが、どうやら高校時代までの記憶ならあるらしい。
雪村さんは現在28歳だ。
つまり雪村さんは高校生だったのが目が覚めたらいきなり28歳になっていたという感覚らしい。
青春時代をすっぽかしていきなり10年後の自分になってしまうなんて、浦島太郎もいいところだ。
「でも、脳に異常はなかったんですよね?」
萩野さんが聞いた。
「解離性健忘症は、過去にストレスなどで健忘症になったことがあった場合、何かのショックで再びなることがあるのです」
つまり解離性健忘症っていうのは外傷的理由でなるものではなく、ストレスや心の傷でなってしまうものなのだ。
だから雪村さんの脳には、異常がなかった。
それまで黙っていた雪村さんは急に頭を抱えだした。
「なんなんだよ・・・全然わかんねぇ・・・」
雪村さんは混乱しているようだった。
私と先生は顔を見合わせた。そろそろ休ませなければならない。
「皆さん、雪村さんは疲れてらっしゃるのでこの辺で・・・えっと、少し事情をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「はい、わかりました」
萩野さんが答えた。他の二人も頷く。
「雪村さん、今はゆっくり休んでください・・・無理をする必要はありませんから」
私は雪村さんにそう言ったが、反応はなかった。
雪村さんをひとり残して、私たちは部屋を出た。