飛べない天使の子
至の胸倉を掴んで食べかけのクレープを顔面に押し付けた。
チョコと生クリームとバナナが至の顔を装飾する。
呆然としていたが、我に返るとあたしの胸倉を掴んだ。
セーラー服のスカーフが弾みで落ちた。
「…にっすんだ!」
「沙久の気持ちが決まる前に手ぇ出したら本気で殺すからな」
「なんで…っ、お前にそこまで言われなきゃなんねぇんだ!」
「…口で言ってもわかんねぇなら……分からせてやるよ」
「はーい! ストォープッ! 血ぃ見ると俺興奮しちゃうからやめようね」
ね、とあたし達の手を離れさせた兄貴は手に持っていた白いもので至の顔を拭いた。
ハンカチかと思いきや、なんだ…雑巾?
けど、おかげ様で冷静になれた。ほんと兄貴には勝てねぇな。いつもいつも誰よりも大人だ。
兄貴に顔を拭かれて痛がっていた至もやっと雑巾に気づいたらしく、汚ねぇと叫んだ。
「ヒカルさん!」
「ああ、悪ぃな。我慢しろよ、助けてやったんだし」
「っ、……桂子がどんだけ沙久が好きなのか知らねぇけど、俺だって負けねぇくらい想ってんだ! ……しばらくは放っておいてくれよ」
兄貴に拭かれてぐちゃぐちゃの顔で勝手なこと言いやがって。
そう言いたかったが、至の目が見たことのないほど真剣で、そしてすぐに走って逃げやがったから何も言えなかった。
「あたしより付き合い短いくせに……」
想いの強さは強ぇって言うのかよ。
ふざけんなよ。
あたしがあたしじゃなかったら躊躇わずに言えるのに…。
現状に泣きたくなった。…否、沙久のことを考えるといつも思う。
兄貴が優しく頭を叩いてくれた。
あたしが泣きそうになると必ずこの人は傍にいてくれたんだっけ……。
【Keiko’s eyes close】