飛べない天使の子


「桂子」


不意に怜生さんがそう言うと王子に荷物を預けて走って行ってしまった。
遠くで桂子がナンパされているみたいだ。2,0の私が見えなかったのに、怜生さんどんだけ!?
って驚いている間もなく、誰かの発するマイナスイオンに釘付けになってしまう。…全然体に良くなさそうだけど。


「ふっ、文紀?」

「それ、立てるんだろ?」

「え、あ、パラソル? そうだけど…」

「貸して王子」


いつもの馬鹿さはどこへ……。
淡々とパラソルと立てる文紀はどんな怪物より怖い…。
王子も眉を寄せて困っている。…まあ、王子はどんな顔しててもかっこいいけど!


「あ、文紀泳いでくれば」


パラソルが無事空に向かって開いたから、すかさずそう言ったら、「いい」と返される。
文紀はレジャーシートの上にドカッと座った。
えっと…どうしよう。
王子と顔を見合わせる。


「王子泳いできていいよ」

「いや、百地さんいいよ」

「2人で行ってくれば」

「「……」」


く、暗い……こんな文紀を置いては……ってか、


「私泳げないし」

「は? 去年も来たんだろ」

「浮輪に乗って引っ張ってもらっただけ。怜生さんに」

「っ…」

「わかりやすー」


私が座ると隣に王子も腰を下ろした。


「しょうがないじゃん。それでも来たのは文紀の意思でしょ?」

「…ああ」

「桂子が気使ってくれると思ってた? そうゆーのしないのが桂子じゃん」

「……」

「せっかく来たんだから楽しもうよ!」

「沙久にはわかんないよな。誰も好きにならないんだから」

「……え?」
「……失礼な! って、王子どうしたの?」

「だって百地さん香山くんと付き合っているんじゃ…」

「あ――――!!」


わ、忘れてた…。
王子にバレないようにって気を付けてたのに…くっそぉ、


「文紀のバカ!」

「ごめんっ! 口が滑った」

「どうゆうこと?」

「あ、あのね…王子……」


一人だけ仲間外れにされたような寂しい顔されたら、言わなきゃいけない気分になるじゃない!

……結局、王子のファンを誤魔化すために偽恋人を演じている、と洗いざらい話してしまった。
王子は驚いた顔からだんだん落ち込んでいった。


「……僕の、せいで?」

「そうなんだけど、私達も楽しんでるっていうか…」

「ごめん。僕と関わったからだよね」

「ううん! 違うよ! 私が王子から離れたくないだけ! 王子と仲良くしたいだけ!」

「もう関わらない方が……」

「バカ王子! 人の話聞いてる!?」


輝いている顔を下に落して暗くなる王子の頬を両手で挟んで、耳元で叫んでやった。


「私は私の欲望のために王子と友達になったの! だから王子の意思で離れることになるなら納得するけど、気使ってとか遠慮とかで壊したくない!」

「めちゃくちゃですけど」

「うっさいな! 文紀だって桂子にそんな自分勝手な感情抱いて頑張ってるんでしょ? 同じじゃん」

「……」

「誰かと友達になったり、恋人になったりすることは、どっちかの自分勝手な欲望で始まるんだからっ!」


息切れしながらそう言っている自分があほ丸出しに思えた。
けど、これは嘘じゃないと思う。
もっと知りたいって思ったり、長く傍にいたいと思ったり、そんな些細な欲望から関係は始まる。
王子のこともっと知りたいし、あの体質も直してあげたい、ただの私のわがままだ。


「…沙久ってほんとに変な奴だよな」

「うん」

「お、おーじ…ひどい」

「でも、そうゆうところが百地さんらしくて素敵だよ」


うぎゃあああ、眩しすぎるぜ王子!
なにその素敵な言葉にキラキラした笑顔! 一体どこからそんなもん出してるの!


「やば、王子襲っちゃいそう…」

「やめとけ」

「こんなこと言われたことない! 初体験だよ!」

「あーうるさい。お前の感動なんてどうでもいいよ」

「そうやっていつも桂子しか見ないなんだから。このストーカー!」


文紀に殴られた。ほんの冗談なのに。
でも、笑ってるからいいか。
誰かが落ち込んでいるのを見るのは苦しい。笑っていてほしい。
私の勝手な欲望だけど。

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