飛べない天使の子
「金子くん置いてきてよかったのかなぁ」
「じゃんけんは平等なんだよ、王子」
じゃんけんに勝った私と王子は海に歩いていた。
道行く人が必ず王子を見る。たまに別世界の人なんじゃないか、と思ってしまう。
夏の焼けつくような太陽光を背中か浴びている姿はまるで天使だ。
「神々しい…」
「え?」
「王子は美しすぎるなーと」
「っ、もっ、百地さんはストレート、だね」
「よく言われる。あ、おーじ、浮輪担当お願いします!」
浮輪を腰に持ってきて、海に向かって歩く。まだ海水は冷たい。
王子は呆れ笑いのような表情を浮かべ私の半歩前を歩いてくれた。
水が胸まできたら王子はすかさず浮輪の紐を持ってくれた。
「泳げないけど海好きなの?」
私は足がつかなくなったけど、王子はまだ歩いている。
「うん。こうして漂っているだけで、ああ、母なる海だと感じるの」
「……えっと、」
「軽く流してくれて平気だよ、私の言うこと」
「それはっ、…できないよ」
「へ?」
地平線を見て歩いていた王子は急に私と向き直った。
「百地さんは僕の言葉を無視しなかった。笑わなかった。軽蔑、しなかった。そんな百地さんの言葉を流すことはできないよ」
「おーじ!」
泣いてもいいですか?
こんなこと言われたの初めてだよ!
私がわけのわからないことを言うと皆聞こえないふり。
唯一、桂子と至だけは(つっこみで)答えてくれるけど。
「抱きついていい?」
「それはちょっと……」
「王子は優しいしかっこいいし身体もいいし、最高だね!」
「……あ、ありがとう」
若干引かれた気もしたけど、まあいいか。
「あの、すいません」
「「え?」」
おお、王子とハモッたぞ!
二人で声をかけてきた女の人に目をやる。
「よければ私と遊びませんか? 妹さんも一緒に」
い、妹!? そりゃあ、お姉さんみたいに胸も身長も色気もないですけど!
てか、お姉さん…いくつ?
「悪いですけど、妹ではないのでお引き取りください」
私がお姉さんの年齢を考えていると、凛とした王子の声がした。顔も同じように凛としているけど、少し強張っている。
「え? か、彼女ってことですか?」
王子は私を見ると、お得意の王子様スマイルを浮かべて、
「そうです」
と淀みなく言った。
……え? びっくりして動けないんですけど。
お姉さんは「うそっ」と小さく悲鳴をあげて浜に戻っていってしまった。
「百地さん? 大丈夫? ごめんね、嘘吐いて……」
「いや! 嬉しいんですけど! ちょっと頭が付いていかなくて……私いつ王子の彼女になったっけ?」
「いや、あれは…あの人を追い払うために…」
「いいように使われたってことね! ひどいわ王子!」
「ご、ごめん」
「うそ。じょーだん」
私が変顔でそう言うと、王子は声に出して笑った。「その顔……」と悶えている。
「うん、その顔の方がいい。さっきの王子様スマイルより」
綺麗とか、そんな単語で表せない、くしゃくしゃの笑顔だけど、それが誰よりも王子らしいと思う。
心の底から笑っていると思える。
「私はこっちの方が好きだよ」
「っ、」
「そうそう、至と偽恋人しているのもこんなような理由からだから気にしないでね」
あらあら、顔真っ赤にしちゃって…王子かわいー。