きみと、もう一度


「じゃあ、帰るね」
「家に着いたら連絡しなさいよ!」
「うん、ありがと。ごめんね」

 荷物を持って靴を履いていると、母が心配そうにわたしを見下ろしている。

寝込んでいた二日間、多分かなりの迷惑をかけてしまっただろう。落ち着いたらまた実家に帰ってこようと決めて、外に出た。


 冷たい風が吹き荒れていて、長い髪の毛が上下左右に乱れていく。空気を白く染めながらバス停までの道のりを歩いていると、正面から男の人が近づいてくるのがわかった。

 小走りで、迫ってくる。
 息を切らして、わたし目掛けてやってくる。


「千夏?」
「ゆ、幸登? え? なんで?」

 ラフな格好で駆け寄ってきた彼は、わたしの姿を認識すると少しだけスピードを緩めた。

近づいていくと、距離はどんどん狭くなっていく。幸登の息が乱れているのが、上下する肩でわかった。

「ごめん」

 わたしの正面に立つと、ぺこり、と直角よりもさらに深く頭を下げた。いつもは見えない彼のつむじが見える。

 状況が把握できなくて、ぽかんと彼の後頭部を見下ろしていた。そんなわたしに不安をいだいたのか、下げた頭を少しあげてわたしを見上げる。

「えーっと、なにが?」
「約束、とか。なんか、色々?」

 疑問形で確認されてもわたしも理解が出来ない。なんとなくで謝られているような気がしてきて、そっちのほうに少し苛立ちを感じてしまう。

「なんか、最近甘えてたなあ、と思って」

 ゆっくりと体を起こしながら、まるで怒られた子供のようにしゅんとしている。今彼に犬の耳でもあれば、べったりとたれさがっているだろう、というくらい。

ただ、わたしは知っている。彼が自発的にそれを察することが出来ないということを。恐らく誰かに言われたのだろう。

「飲み会?」前後の言葉を端折って単語だけを告げると、図星だったのか言葉を詰まらせた。

この前のバイトの送別会で、彼氏彼女の話になったに違いない。その流れで誰かがわたしの気持ちを察して彼に喝をいれてくれたのだろう。
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