きみと、もう一度


 教室でテレビの話や先生の話、学校のうわさ話に花を咲かせて狭い世界で必死に過ごしていた。

 ぐちゃぐちゃに並べられた教室。黒板には終わった授業の内容が残っていて、男子の声に耳を澄ませたり、女子の会話に男子が茶々を入れてきたり。

 季節によって変わる教室の香り。金木犀の匂いに包まれる秋のグラウンド、生ぬるい水がまとわりつくような水飲み場。


 三年間を過ごしたあの場所には、楽しいことも辛いことも悔しいこともあった。けれどいつだって一番に思い出すのは――卒業を控えた頃の、体ごと引き裂くような後悔の痛み。


 女子校は楽しかった。女の子だけの気楽な空間は、わたしの胸に残った自責の念を少なからず癒やしてくれた。恋愛から程遠い環境でたまにつまらないな、と感じることはあったけれど、思い返せば楽しかった。

 大学だって同じだ。自由に、気ままに、遊んでいるような毎日。友だちだってそれなりに出来たし、恋だってした。今は幸登という彼氏だっていて同棲までしている。

 それなのに、考えてしまうときがある。

 街で中高生を見かけたとき、ドラマやマンガで初恋のストーリーを目にしたとき、部屋から懐かしい交換日記が出てきたとき。幸登に対して『彼だったら』と思ってしまったとき。


 あの瞬間に、戻ることができれば。


 あの頃もっと、素直になっていれば、違う方法を探し出せば、今とは違った未来を過ごしていただろう。それはきっと、今よりももっと、素敵で楽しくて眩しいものだったんじゃないだろうか。

 駅で出会ってしまったらどうしようと挙動不審になることもなかっただろう。高校時代はで恋愛に消極的になることもなければ、奈良に、家にいるのが嫌で遊び回って勉強を怠ることもなかっただろう。

勉強をせずに合格できるし、絵が好きだから、なんていう理由で芸術大学を受験することなく、もっと真剣に将来を考えて選ぶことも出来たかもしれない。

幸登に出会うことも、恋することもなく、付き合うことも同棲することも、それによってケンカしたり不満を抱いたりすることも、なかったはずだ。

 そうであれば、今、わたしの傍にセイちゃんがいて、今坂くんに胸をときめかせていたかもしれない。


 あのとき、ああしていれば。
 あのとき、こうしていれば。


 そんな、今更どうしようもないことを考えることだって、絶対になかった。

 お酒のせいなのか、それともただ、夜が深まったからなのか。瞼が重くなってきて、漆黒が深まっていくのを感じた。
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