きみと、もう一度
「ちなあ」
甘ったるい声が聞こえてハッと顔を上げると、神妙な顔つきをした紗耶香がわたしを見下ろしていた。傍には紗耶香の腕に手を回した真美の姿もある。どうしたの、と問いかけようとして記憶が蘇った。
「隣のクラスの子が、関谷(せきたに)に告白するって……」
声は徐々に涙を含んだものに変わっていく。
慌てて私も立ち上がり、教室の隅っこに三人で輪になった。紗耶香は涙目で「どうしようどうしよう」と狼狽えている。
関谷くんは、二組のサッカー部のキャプテンだ。長めの髪の毛を茶色に染めていて、ズボンはいつも腰まで落として履いている。二重の垂れ下がった目元は、少しいたずらを企む子供のようなかわいらしさがあり、紗耶香とは去年同じクラスだったらしい。
つまり、紗耶香が去年から片思いをしている相手だ。
「付き合ったらどうしよう……」
「大丈夫だって、まだ、わかんないし」
「高校離れちゃうし、諦めようって思ってたけど……やっぱり、無理」
紗耶香は唇に歯を立てて、自分の体を抱き締めながら声を震わせて告げる。
五年前の今日も、紗耶香は同じように悩んでいた。悩んで、セイちゃんが『告白しよう!』勇気づけた。その言葉に紗耶香はゆっくりと頷いて、決心を固める。
今、セイちゃんはいない。誰かが同じ言葉をかけなければいけないのかもしれない。
でも、わたしにはその言葉を紗耶香に告げることが出来ない。
その告白の先の未来を、わたしは知ってしまっている。
落ち込む紗耶香に、わたしと真美はなにも言えなかった。
「どーしたの?」
わたしたちの間から、ひょっこりと顔を出したセイちゃんが、紗耶香の歪んだ顔を見て「どうしたの!」ともう一度、今度は怒りを込めて叫んだ。
「関谷くんが告白されたとかで……」真美がチラチラと紗耶香の様子を伺いながら代わりに答える。「ああ、さっきの」とあっけらかんとした言葉が帰って来て紗耶香は顔を上げる。
「ど、どうなった?」恐る恐る結果を聞く。
「断ってたよ」優しい微笑みとともに告げられた内容に、紗耶香ははあ、っとホッとしたため息を吐き出した。
「……告白、する」
ぐっと息を止めるように口を結んでから、紗耶香が顔をあげる。
「このまま卒業なんてできない。絶対後悔する。卒業までに告白する」
「おー! 頑張れ、紗耶香! 応援してるよ!」
真っ先に共感したのはセイちゃんだった。それもそのはずだ。本来ならセイちゃんが紗耶香の背中を押すはずだったのだから。真美も同じように応援して、わたしも、「頑張って」と消え入りそうな顔で告げた。
頑張ってほしくない、やめたほうがいい、だなんて言えない。
後悔するのだ、と言われてしまうと、なおさらだ。ただ、告白したことを後悔することになると知ったら、紗耶香はどう判断するのだろう。