第二ボタンと春の風


「……本当はさ」


石井が聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でささやいた。


「本当は、さ、……会いたかった」

「……麻衣に?」


石井はそれには答えずに、
立ち上がって私を見下ろした。

芝生に映る影が俯いたから、
わかっただけ。

私はまだ石井を見ない。

見たら泣きそうでいやだった。


「帰らねーの」

「安藤……待つから」

「そっか……」


最後に、じゃあな、それだけ言って彼は遠ざかって行く。

足音がどんどん小さくなっていく。



「…………石井!」



私は立ち上がって振り向くと、
夕日に向かう小さくなった影に
思い切り叫んだ。


「カルピス、ありがとー!」


ワンテンポ遅れて、
「おう!」と返事が帰ってきた。

大きなオレンジ色をしょっている彼の表情は、暗くて見えなかった。




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