碧の記憶、光る闇
(そういえば…)

タエと不倫関係にあった川村健吾と美津子夫妻の一人娘沙耶には元々奇行癖があった。

10歳の沙耶が夜中に、斧を振り回しては何やら異国の言葉のようなわけの分からない事を口走っていた事を絹江は良く覚えている。

精神的に何らかの障害があったのかもしれないが彼女を溺愛する美津子は周囲の忠告もきかず沙耶を病院に連れて行こうとはしなかった。

いつかは止めに入った母親の美津子が刃物で腕を刺され大騒ぎした事がある程である。

しかし当の本人は一定の時間が過ぎるとまるで何も無かったかのようにけろっとして、自分のやった事を覚えていないので、周囲の人間も沙耶を叱りようが無かった。

(ああいうのを多重人格者っていうのかしら。可愛そうにねえ…でも記憶喪失になったんだったら治ってたりして)

たしかあの時も、湖のほとりに血痕の付着した斧があったような無かったような…

いや、あれは血の付いたタエの猟銃だったのか、絹江にはどうしても思い出せない。

(どっちでもいいわ…もう私には関係ない)

引越しの重労働で疲労の蓄積された絹江の心臓は徐々に動きを弱めていた。

(睡眠不足かしら…眠いわ)

急激な睡魔に抵抗する事も出来ず、眠りの淵へと引きずり込まれる。

いつのまにか自分が息をしていない事にも気づかず、絹江は夢の中で15年前の自分へトリップしていた。
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