碧の記憶、光る闇
彼はこれから先の長い人生を一生松葉杖と共に送らなければならない。

完全に破壊された雅彦の右膝は、もはや自力で曲げる事さえも出来ないのである。

自分の為にラグビーを失い、車の免許を失い、そして行動の自由を失った雅彦を碧は見捨てる事が出来なかった。

「これは僕の問題だ…碧ちゃんが責任を感じる必要なんか全く無い。かえって俺の方が気にしちゃうよ」

見舞いの為に病室を訪れるたび雅彦はそう言って碧を慰めたが、トイレに行くのさえままならぬ雅彦を碧はどうしても置いて立ち去る事が出来なかった。

ある日病室を出た後忘れ物を取りに戻った碧は、ベッドのパイプを握り締めて懸命にリハビリする雅彦の姿を見た。

曲がるはずの無い膝を手で叩きながら激痛に顔を歪め、額からは玉の汗がにじみ出ている。

雅彦は決して諦めてはいなかったのだ。

医師になんと言われようとも碧達には笑顔で接し、誰も居ない病室で一人で社会復帰を目指していたのだ。

碧はそんな雅彦のそばにいてあげたかった。

無用の同情心が雅彦を返って傷つける事も、そして和哉の優しさも分かっていたが、それでも雅彦の足が治る為の戦いを共に送ろうと決心したのだ。

「お兄ちゃん…これ有難う。お兄ちゃんに素敵な人が出来たら渡して」

碧はポケットから赤い小箱を取り出し、そっと和哉に手渡した。

薄暗い室内灯の下で見た赤は光り輝く鮮やかな赤だったが、今こうて太陽の下でみるそれは、くすんだ赤黒色になっている。

そしてその中には、あの日和哉から貰った幸せの象徴、ダイヤのリングが入っていた。
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