碧の記憶、光る闇
「そうか…そうだよな。俺と金沢ってさあ、同期入社なのに何故かあいつの方が給料いいんだよ。金沢にもっといいもの買ってもらえよ」

笑顔で言いながら小箱を受け取る。
男として、もはや泣き言は言いたくなかった。

碧の決断を心から祝福し笑って送り出してやるのが自分に出来る最大の努めである。
しかし和哉の声は震え、碧の顔をまともに見る事が出来なかった。

目を合わせれば抱きしめてしまうかもしれない、行くなと言うかもしれない…そして雅彦の悪口を言ってしまうかもしれない。和哉は愛する碧の兄として、そんな男にはなりたくなかった。

「ごめんね、お兄ちゃん…」

さっきよりも更に小さい声で碧が謝る。その声は微かに震えそむけた頬に一滴の涙が光った。

「金沢と…あいつと喧嘩したら何時でも帰ってこいよ。父さんと母さんも待ってるから」

碧の涙に気付かない素振りで和哉は妹の頭を撫でた。

「うん、分かってる。私の家は此処だけ。肇お父さんと、夏美お母さん、それとお兄ちゃん。私の大事な家族はこの3人よ…今日は気持ちの整理をつけにきただけだから」

先ほどよりは若干はっきりした口調で碧は話した。

欠落していた幾つかの記憶は戻りつつあるが、それでも肇と夏美が碧の両親だという事に変りはない。

ただけじめとして、川村健吾と美津子の墓には参っておきたかったのだ。

真夏の日差しが降り注ぐ昼さがり、若い兄妹は無言のまま並んで歩いた。

「これから金沢の病院行くんだろ?」

「うん。その後は彼のマンションに泊まるわ。ちゃんとお片づけもしたいし、その方が病院に近いから…お父さんとお母さんには昨夜言っておいた」

「そうか…じゃあ俺はこっちから帰るから」

「うん。じゃあね、お兄ちゃん」

「ああ。金沢によろしく。またな」

そう言って碧に背を向ける。

15年間何があっても自分の味方で、優しかった和哉の背中を見つめていた碧は、それが見えなくなる少し前にくるりと背を向け、軽い足取りで雅彦の下へと向かった。




おしまい
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