碧の記憶、光る闇
驚いて両手を突っ張ろうとするが、所詮女の力では大学ラグビーで鍛えた雅彦にかなう筈もない。

その分厚い胸板に顔を押し付けられ長身の雅彦に包み込まれるように抱かれた碧は、徐々に抵抗力を無くし体を雅彦に預けた。

(この匂い…香水だわ…私のじゃない)

数秒後、1階到着を案内する音声にそっと体を離すと雅彦も黙って碧を解放した。

二人とも黙り込んで外に出る。

夜の冷気が頬に心地いいのを碧はアルコールのせいだと解釈した。

『ごめん、碧ちゃん』

雅彦が思い詰めたように声を絞り出す。

かすれた声に碧は内面の苦しみを見たような気がした。

『…どうして謝るんですか?雅彦さん何も悪い事してない…今日はごちそうさまでした。私タクシーで帰ります』

何か言いかけて止めた雅彦に一旦背を向けた碧は、少し歩いてから急に駆け戻り思い切り背伸びした。

驚いて半開きになった雅彦の口に自分の唇を押し当てる。

朝剃っても夕方には濃くなるヒゲがチクチク痛い。

遠慮がちに腰に回そうとしてきた雅彦の手が触れる寸前に碧は再び背を向けて走り出した。

その様子を見ていた高校生達が一斉にはやしたてる。
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