碧の記憶、光る闇
(恥ずかしい!…私ったら)

慌てて停めてあったタクシーに乗り込み、行き先を告げた碧は外から身を守るようにシートに浅く腰掛け頭を低くした。

(あの香水、誰のだろ…私以外の誰かと逢ってたんだ)

最近の高校生は香水ぐらい誰でもつけるし、若い女教師だって数多く存在するから、雅彦にその香りが付着したとしても不思議ではない。

でも妙に胸が痛く落ち着かない自分に碧は少し驚いた。

(やっぱり雅彦さんの事、愛してるのかなぁ…)

唇に残る心地よい違和感を舌先でなぞりながらバッグからハンカチを出して額の汗を押さえる。

25才にもなって、これぐらいでドキドキしていたら若い子に失笑されそうだが、碧には自分が雅彦をどう思っているのか本当に分からない。

沖田家は閑静な住宅街に位置する為、タクシーで乗りつけるのに遠慮した碧は何時ものように百メートルほど手前の十字路で車を降りた。

千円札を払いお釣りを貰ってから車外に出ると思いの他肌寒く、繁華街とは空気が違うようである。

運転手に会釈して角を曲がった碧は自分がアルコール臭いような気がして、携帯用の口臭消しを一粒かみ砕いた。

本当は水で流し込む物だが、こうした方が手っ取り早い。

きつい苦みに顔をしかめながら足を進める碧の前方が、後方から来た車のヘッドライトによって明るく照らし出された。
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