碧の記憶、光る闇
「ねえもう少し奥の方にいかない?」

「奥って、本宮の方?」

「でもいいんだけど・・・出来たら十津川あたり」

「いいけど・・・十津川に行ってどうするの?」

タバコを消しながら首をかしげる。

「分からない・・・わからないけど、あっちの方に行きたいの。引っ張られるような・・・ねえ連れてってよ、いいでしょ」

「仕方ないなあ・・・ガソリン代半分持ってね」

口ではそう言いながらも笑って静香はドアを開け乗り込んだ。

「早く乗らないとおいてっちゃうよ」

エンジンをかけ本当に置いていかれそうな気がした碧は慌てて助手席に飛び込んだ。

熊野川町から新宮川沿いに国道168号線を北上する。
本宮町のあたりにくると急に道路状況が悪化しでこぼこ道が連なってきた。本当にこれでも国道かと首を傾げたくなるが熊野川町、本宮町の住民にとっては新宮市に出てくるための唯一の交通手段である。

2時間後二人を乗せた白い軽自動車は山間奥深い渓谷沿いに立つ一軒の喫茶店に停止した。

こんな所に立っているだけあって、建物はかなり古い。
多分店主の趣味で経営しているのだろうか、これではとても採算がとれないだろう。

「ねえ、これ以上奥に行ったら帰ってくるの夜になっちゃうよ・・・碧がどうしてもっていうんなら私はいいけど、あんた病み上がりだから家の人が心配するんじゃない?」

静香の言葉にしばらく考え込んだ碧は仕方なく頷いた。

長くの運転で静香も疲れているようである。

運転免許を持たない碧は代わってやることも出来ないし、これより先は行っても山道が続くだけだろう。
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