碧の記憶、光る闇
さすがに今日はそのリングをはずしているが昨夜はずっとつけたまま眠った。

夜中に何回か目を覚ましては薄明かりにダイヤをすかしてみる。知らず知らずのうちに幸福感のあまりニヤニヤしてしまう自分がいた。

(私、お兄ちゃんのお嫁さんになる…!お兄ちゃんと一緒に暮らすんだ)

幼いころから思いつづけていた気持ちが現実のものになろうとしていることに碧は喜びだけを感じていた。

これで本当に沖田家の一員に、夏美と肇の子供になれるのだ。川村沙耶ではなく沖田碧として…。

「おまたせしました」

その時ソムリエがうやうやしくワインのボトルを持ってテーブルに来た。そんなに高価なワインでもないのでこっちが恥ずかしくなる。

訳のわからない説明と講釈の後、ナイフでボトルの口を切ろうとした瞬間手が滑ったのか、そのフルサイズのボトルはソムリエの手からするりと抜け落ちた。

まるでスローモーションのように慌てて差し伸べたソムリエの手をあざ笑うかのようにすり抜けた物体はフロアに叩き付けられ激しい音を奏でた。

真っ赤な液体が当り一面に飛び散りフロア側に座っていた静香が叫び声をあげる。ボトルが落ちる瞬間碧にはそれがまさしく鳥の羽のような落下速度に見えて手を伸ばせば掴む事が出来そうな気さえした。

その飛び散った液体は美しい深紅の海となり天井のシャンデリアを映し出す。

真っ青になりながら慌てて割れた破片をかき集めるソムリエを見て気の毒になった碧は席を立ち一緒に破片を集め始めた。静香達もつられて席を立つ

「すみません!…どうか座っていて下さい!」

「大丈夫ですよ、気にしないで。全然怒ってなんかいないですから。ねえお兄ちゃん」
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