姓は寿限、名は無一郎
 去年、お江戸の美人番付で、東の横綱だった傾城の浮舟であるが、姿形が美しいだけでなく、声も、芸も自慢できた。流行りの都々逸も、他人様の作ったものばかり唄っているのでなく、わが才に任せて作って、それを座敷で披露したりもする。
「あたしゃ、次に生まれ変わったら…こうやって唄って、おひねり貰い、あけ暮らしてるよ」と言うのが、いつもの口癖。
「こちのあちきは勝ち気で律儀」と、下手な地口。
「それは、悪ぅ御座んしたね」と、また三味線を奏でる。
「乞食は、むしろで…ござりんす」一服つけている茄右衛門が、プッと煙を吐いてから、煙管でカチンと煙草盆を打った。

 すって咽せても

 あたりなさんな

 わが吸い付けて

 ながきせる

 都々逸ドイドイ

 浮世はサクサク


 和歌も学ぶし、俳句も捻るという向学心が無ければ、座興に、さほどの出来も期待できまいが、上に這い上がってくる者は違うようだ。茄右衛門は、煙管が金物に挟まれているというコトに、やっと思い当たった。こんな小娘に言い負かされるのが、悔しさを通り越して、廓通いの楽しみになっているようだ。
「この可愛い口に主が好きと言わせたいものだ。そうでは有りませんか、寿限様」用心棒として扱わないのが不思議。
「岩割れて、さる妖怪の出にけり」と、無一郎が地口を言った。
「それは、どちらの妖怪で?」
「多分、あちらの用かいな」と、浮舟が受けた。

 星と言ったら

 にもくも無くて

 にく十八は出端の茶

 都々逸ドイドイ

 浮世はサクサク

 鬼の情けに

 愛想を尽かし

 きれぇに成るよ

 主が月

 都々逸ドイドイ

 浮世はサクサク
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