姓は寿限、名は無一郎
浮舟は、次は、芸の真似事でも良いから見せてくれと無理難題を吹き掛けてきた。茄右衛門は、界隈で知れ渡った不調法者で、この申し出に応えられないと夕霧は天の岩戸に入り込めるのだ。そう成ると、不二高屋を振ったというので、さらに評判が高まる。
「落とし咄なら」無一郎が、ポツリと告げた。
「いくらか心得が有ります」
「寿限様、かたじけのう御座います」
天竺は、言わずと知れた「御釈迦様」の生国であります。かの国では、人の数が多いので出家僧の数も生半可じゃ御座んせんで、そうなるって言うと、修行する仕方の数だって、夜空の星の数ほど御座いまして…どれも、さほどは…やり甲斐も無いってんで、御釈迦様は難行苦行を止めてしまわれ、ついに「何もしないこと」を、するように成られた。つまり、菩提樹の木陰、日が落ちたら星影の下に坐っているだけ…ああしよう、こうしようとか、そういう分別を、お捨てになられた。ああだった、こうだったとか決め付けるのも止め、ひたすら坐り続けて、ついには世の中の道理の根本まで、はっきりはっきり悟られた。と申しますか、悟っているのに心が欲得で曇っていたばっかしに、悟っていることも気が付かなかったのに気が付いた。何も致さぬようになりますってぇと…世の中は、犬も猫も、烏も蝶も、悟ろうとさえ致さないで、オノレを知り尽くしており、悟る前に迷わないのですな、これが。
今日も、天竺の、とある場所、佛で無いゆえに、難行苦行と戦うことを好む僧が絶えません。中でも、「無言の行」なんてのは何人もの僧が試みます。口は減らないと申しますが、その上、使わないのですから、これ以上、手っ取り早く安上がりなのは御座んせんからね。今日も、その行に明け暮れようとしている僧が三人、のっぱらで坐っておりますと…
「わしらは、まだ何も喋っておらぬわな」と、一人が申しましたので、二人目が応じます。
「無言行の戒を破りおった」すると、三人目が、他の二人を嘲笑って
「喋っていないのは、わしだけじゃ」
「…」しばし、間が有って、たゆたう沈黙が、ポカンと空いた口々から外に出ようとする「言葉」を呑み込んだ。
「落とし咄なら」無一郎が、ポツリと告げた。
「いくらか心得が有ります」
「寿限様、かたじけのう御座います」
天竺は、言わずと知れた「御釈迦様」の生国であります。かの国では、人の数が多いので出家僧の数も生半可じゃ御座んせんで、そうなるって言うと、修行する仕方の数だって、夜空の星の数ほど御座いまして…どれも、さほどは…やり甲斐も無いってんで、御釈迦様は難行苦行を止めてしまわれ、ついに「何もしないこと」を、するように成られた。つまり、菩提樹の木陰、日が落ちたら星影の下に坐っているだけ…ああしよう、こうしようとか、そういう分別を、お捨てになられた。ああだった、こうだったとか決め付けるのも止め、ひたすら坐り続けて、ついには世の中の道理の根本まで、はっきりはっきり悟られた。と申しますか、悟っているのに心が欲得で曇っていたばっかしに、悟っていることも気が付かなかったのに気が付いた。何も致さぬようになりますってぇと…世の中は、犬も猫も、烏も蝶も、悟ろうとさえ致さないで、オノレを知り尽くしており、悟る前に迷わないのですな、これが。
今日も、天竺の、とある場所、佛で無いゆえに、難行苦行と戦うことを好む僧が絶えません。中でも、「無言の行」なんてのは何人もの僧が試みます。口は減らないと申しますが、その上、使わないのですから、これ以上、手っ取り早く安上がりなのは御座んせんからね。今日も、その行に明け暮れようとしている僧が三人、のっぱらで坐っておりますと…
「わしらは、まだ何も喋っておらぬわな」と、一人が申しましたので、二人目が応じます。
「無言行の戒を破りおった」すると、三人目が、他の二人を嘲笑って
「喋っていないのは、わしだけじゃ」
「…」しばし、間が有って、たゆたう沈黙が、ポカンと空いた口々から外に出ようとする「言葉」を呑み込んだ。