姓は寿限、名は無一郎
「叔父上、お久しゅう御座います」訝っていると、白い歯も見せる。
「これが他人の空似なら、生写し…とは、まさに」と、独白した。
「最後に、お目に掛かったとき、私、まだ五歳でした」懐かしそうに、そして逆に不思議そうに顔を曇らせた。
「…」五歳の彼に会ったんだ…思い出せないのは、やはり寂しい。
「お忘れなのは」致し方ない…思い出せないのだ、全て忘れているのだ。
「あぁ!」どういう訳か、そういう「声」が発せられていた。どういう『あぁ』か判らないが、
「大楠殿が、叔父上に会われたと噂されていたのが、私の耳に入りましたので陸前屋から、こちらの居所を知りました」
「大楠」あの与力を、豆七が呼んでいた名前であった。
「私は嫌われてはいないのだね」
「よく遊んでいただき、剣術の手解きも」が、もう黙っていられないし、騙すのも心苦しい。そして、頼り無い身の上を語ろうと覚悟を決めた。
「関ヶ原の戦では、そのような者が少なくなかったと聞き及んでおりましたが…」甥で、「才右衛門」と名乗った水町永右衛門の総領息子は、なかば得心し、なかば致し兼ねるという複雑な表情で、懐かしい叔父を眺めた。おそらく、優しく頼もしく、兄のように彼に慕われたのだろうと思う…思うが、どうしようも無い。
「先程、おしえて貰った私の名も、覚えていないから思い出せない。だから私は、寿限無一郎と」誘い水のつもりなのか、内与力だった父が、空いた与力職に彼を就かせて隠居した顛末など話し聞かせるのであるが興味も示してもらえず、記憶も戻らず、隣の源二の女房が気を利かせ、うやうやしく茶を運んでくれたが、二口と飲めないほど不味く、そんなこんなで早々に、甥は帰ってしまった。
「これが他人の空似なら、生写し…とは、まさに」と、独白した。
「最後に、お目に掛かったとき、私、まだ五歳でした」懐かしそうに、そして逆に不思議そうに顔を曇らせた。
「…」五歳の彼に会ったんだ…思い出せないのは、やはり寂しい。
「お忘れなのは」致し方ない…思い出せないのだ、全て忘れているのだ。
「あぁ!」どういう訳か、そういう「声」が発せられていた。どういう『あぁ』か判らないが、
「大楠殿が、叔父上に会われたと噂されていたのが、私の耳に入りましたので陸前屋から、こちらの居所を知りました」
「大楠」あの与力を、豆七が呼んでいた名前であった。
「私は嫌われてはいないのだね」
「よく遊んでいただき、剣術の手解きも」が、もう黙っていられないし、騙すのも心苦しい。そして、頼り無い身の上を語ろうと覚悟を決めた。
「関ヶ原の戦では、そのような者が少なくなかったと聞き及んでおりましたが…」甥で、「才右衛門」と名乗った水町永右衛門の総領息子は、なかば得心し、なかば致し兼ねるという複雑な表情で、懐かしい叔父を眺めた。おそらく、優しく頼もしく、兄のように彼に慕われたのだろうと思う…思うが、どうしようも無い。
「先程、おしえて貰った私の名も、覚えていないから思い出せない。だから私は、寿限無一郎と」誘い水のつもりなのか、内与力だった父が、空いた与力職に彼を就かせて隠居した顛末など話し聞かせるのであるが興味も示してもらえず、記憶も戻らず、隣の源二の女房が気を利かせ、うやうやしく茶を運んでくれたが、二口と飲めないほど不味く、そんなこんなで早々に、甥は帰ってしまった。