姓は寿限、名は無一郎
永代橋から、すぐの所に「佐賀町の湯」は有った。煙の上がっているのが、ときおり下って裏長屋を燻すのであったが…無一郎は、どうやら風呂が好きらしいと自分の知らない自身に思い至った。
それにしても不思議な感覚だった…銭湯の衣棚に着流しの着物を放り込んで、隣で、源二が眺めている。そんなふうに同性から眺め回されるというのが彼は慣れていないようだ。
「旦那、もすこし手足が短ければねぇ…もてるんだろうが惜しい」
「長いと、どう悪いかな」
「決まってまさぁ」と、得意そうに言う。
「手が長いと巾着までの間が短くなりやすし、脚が長いと逃げ足が早くなりやすから、ドロボーっぽいじゃ御座んせんか」
「それは、また無体な」冗談のつもりだった。落咄の考えオチのように、しばらくして源二はニヤリと笑う。
「地口のつもりで言いなすったので?」
さて…三助を呼んで、背中を流してもらおうとしたら、源二が、流し板を斜めに近寄ってきた三助を追い払って、「錦の御礼」と、糠袋で背中を磨いてくれる。
「水くさいじゃ御座んせんか、湯屋の仲」下手な地口と、くすぐったいのを無一郎は、フフフと、心身に加えられる拷問に耐えた。
「いい体してるねぇ、旦那」そして、小桶二つ湯汲みに貰ってきた湯で流してくれる。
「浜町河岸で向井流の水法を教えていなさる水町様の御隠居と、顔は似てなさらねぇが…姿は、そっくりだ」と、一瞥した三助が言った。
「おぉ、北番所の内与力で、お奉行様の懐刀と言われた」三助の客が口を挟んだ。
「てぇことは…」
「よぉ、源サン…そこまで立ち入っては野暮というもんだぜ」
「あの御隠居なら亡くなられたぜ、先だって」
泳法…水町…与力…奉行…それらが何か一つの共通点で結ばれているという『直観』が有った。しかし思い出せなかった。
風呂屋の二階、二階番から茶と菓子を買って、しばし浮世を遣り過ごせる。将棋盤に向かい合う者、それを囲む者、煙草を吹かしたり、昼寝したり、世間話、猥談、縁に腰掛けて往来を見下ろす者、ま、心の癒やされる場に違いない。が、銭百文も、わずか一日で半分に減っていた。米4合さえ百文、実入りが無ければ…一朱金に手を付けるまえに何とか…源二に茶を奢った…しかも菓子を欲しそうな目で眺めるので、それも奢り…見る見る、巾着は薄くなって、懐が軽くなった。
それにしても不思議な感覚だった…銭湯の衣棚に着流しの着物を放り込んで、隣で、源二が眺めている。そんなふうに同性から眺め回されるというのが彼は慣れていないようだ。
「旦那、もすこし手足が短ければねぇ…もてるんだろうが惜しい」
「長いと、どう悪いかな」
「決まってまさぁ」と、得意そうに言う。
「手が長いと巾着までの間が短くなりやすし、脚が長いと逃げ足が早くなりやすから、ドロボーっぽいじゃ御座んせんか」
「それは、また無体な」冗談のつもりだった。落咄の考えオチのように、しばらくして源二はニヤリと笑う。
「地口のつもりで言いなすったので?」
さて…三助を呼んで、背中を流してもらおうとしたら、源二が、流し板を斜めに近寄ってきた三助を追い払って、「錦の御礼」と、糠袋で背中を磨いてくれる。
「水くさいじゃ御座んせんか、湯屋の仲」下手な地口と、くすぐったいのを無一郎は、フフフと、心身に加えられる拷問に耐えた。
「いい体してるねぇ、旦那」そして、小桶二つ湯汲みに貰ってきた湯で流してくれる。
「浜町河岸で向井流の水法を教えていなさる水町様の御隠居と、顔は似てなさらねぇが…姿は、そっくりだ」と、一瞥した三助が言った。
「おぉ、北番所の内与力で、お奉行様の懐刀と言われた」三助の客が口を挟んだ。
「てぇことは…」
「よぉ、源サン…そこまで立ち入っては野暮というもんだぜ」
「あの御隠居なら亡くなられたぜ、先だって」
泳法…水町…与力…奉行…それらが何か一つの共通点で結ばれているという『直観』が有った。しかし思い出せなかった。
風呂屋の二階、二階番から茶と菓子を買って、しばし浮世を遣り過ごせる。将棋盤に向かい合う者、それを囲む者、煙草を吹かしたり、昼寝したり、世間話、猥談、縁に腰掛けて往来を見下ろす者、ま、心の癒やされる場に違いない。が、銭百文も、わずか一日で半分に減っていた。米4合さえ百文、実入りが無ければ…一朱金に手を付けるまえに何とか…源二に茶を奢った…しかも菓子を欲しそうな目で眺めるので、それも奢り…見る見る、巾着は薄くなって、懐が軽くなった。