____苺の季節____
マネージャーの百合ちゃんがスタートピストルを鳴らした。



鳴海が走る。


走る。


風と共に。



ドキドキと響く胸の音が加速していく。


あたしは、その綺麗な姿を1秒……、ううん、0.1秒、0.01秒毎、心に焼き付けたくて瞬きさえも忘れてた。


ゴールを目指す鳴海は、力強く未来に向かって突き進んでるみたいだよ。


不安も悲しみも、

迷いも涙も、

バネにして、

歯をくいしばり、

風の中、吹っ切る様に、全力で大きく高く足を前に出してる。


その風に何を感じてるの?何を想うの?


それとも、『心』は何も描かれてない画用紙みたいに真っ白なんだろうか。



きっとお母さんとの優しい記憶が胸の中で震えてる。

だって、さよならなんて嫌だもの。

病室で幼い我が子の思い出を、にこやかに嬉しそうに話してた鳴海のお母さん。

「出逢いも別れも笑顔でね…」なんて言わないで下さい。


「杏奈ちゃんの事が好きよ」優しい声で笑ってた。



あのお母さんが…いつか、いなくなるなんて。


あの笑顔や温もりと、いつか「さよなら」をするなんて。


嫌だよ。

「さよなら」なんて嫌だ。

どんどん涙が込み上げて我慢なんて出来なかった。



「杏…ちゃん?」


隣にいた西村先輩がそっと肩を抱いてくれた。


次々伝う滴が温かくて、じんわりと熱さが肌に染みるから余計に止められなかったんだ。


涙は命の温度がする。

あたし、生きてる。

生きてるんだよね?



そう、心に何度も強く聞いたんだ。


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