山賊眼鏡餅。
「病院の金が払えないからね」


「そんな……そんなの関係ないよ。みんな待ってたのに、どうして戻って来なかったの?」


「今さら戻れないよ」


「みんな変わらず待ってるよ」


「ミチコ、オレが何歳だか知ってるか?」


「22歳じゃないの?」


「39歳だ」


「え!?」


「若く見られるけど、おっさんなんだ。それに、もちろん大学生でもない」


「うそでしょ!?」


「19で結婚して、娘と息子がいる。上はハタチだ」


「え!!えぇ!?」


「仕事が続かないたちでね。気付いた時には無職になってた。鳶職、料理人、警備員、服屋の店員……なんでもやった。人生経験と借金だけは一人前だ。女房は子供連れて逃げ出したよ」


私は無言で、吉川ヨシオの話を聞いた。


「大学に忍び込んだのは気紛れだ。ハム研に勧誘されて、部員になって……楽しかったよ。それだけだ。あそこに戻るわけにはいかない」


「そんな。戻ってきてよ。真帆だって……」


「一つお願いがあるんだ。真帆にはオレがここにいたことを内緒にしてくれ」


「どうして?」


「付き合ってたのが、ホームレスのおっさんだったって知ったら、傷つくだろ」

私は何も言えなかった。

言えるはずが無い。


「オレはここでひっそりと暮らすよ。よっちゃんいかとしてさ」


「吉川君!そんなこと言わないで」


「おっと。吉川ヨシオってのも偽名だぜ。冷静に考えてみろよ。吉川ヨシオなんてばかげた名前付ける親っているか?」


「そんな……」


「ミチコ、オレはハム研のみんなとは違うんだ。今までがおかしかったんだ。もう戻れないよ」


吉川ヨシオと名乗っていた男は、悲しそうにそう言った。



その時だった。


ブルーシートの家の外から、けたたましい叫び声が聞こえた。


ホームレスたちが騒いでいる。
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