闇の向こう
雨の夜明け
目覚めの直前に、その男はよく現れる。白いハイネックに白いズボン。
車椅子に乗り、黒い頭髪をこちらに向けうつむいていて顔を見せることはない。

男が話すことは、とりとめのない世間話のよう事柄ばかりだ。

声は楽しげで、いつもからかうような響きがあった。

"おはよう。今日は雨のようだ"

立花丈一は耳をすませた。ふいに意識が明確になりはじめたので、目の前の、まどろみに満ちた空間に集中した。

男の言うとおり雨音が聞こえる。それは丈一の住む家の屋根を雨がたたく音だろう。

その音にまじって、別の規則的な音も聞こえてきた。

コン・・・コン・・・コン・・・。

"私と会うときに君はいつも怪訝(けげん)な顔をするんだな?"

男の肩が小刻みに揺れている。笑っているようだ。丈一は男との邂逅(かいこう)の際は、いつも喋らないようにしていた。

男の会話の端々には常に何かを探るようなニュアンスがあり、そのことが丈一を不安にさせていたからだった。

だが決して恐れているわけではなかった。

"君にとって私は謎であり、知的好奇心の源泉だ。そうだろう"

コン・・コン・・コン・・。

さっきの音が大きくハッキリしてきた。

"・・・は常に双方向だ。・・とは状況が少々異なる。酷使しすぎたせいで昨晩ひとつダメになった。"

丈一は男のいるほうに踏み出した。

"一時期は君に干渉することを考えたが、それは、さすがに抵抗がある"

男はゆっくりと車椅子の車輪に手をかけて反転した。丈一は追いすがろうとしたが自分の一歩一歩が鉛のように重い。

"ひとつの仮定を立てた。君を足場にしてスペアに干渉できるかもしれない"

コン・コン・コン。

音は明瞭に聞こえるようになってきた。目覚めそうになってる。

丈一はなんとかして男の正体を見極めたかった。

"私は預言者ではない。君と私に何が待ち構えているのか?答えは全て闇の中だ"

遠ざかる男の姿は点のように小さくなり、奇妙なことに輝き始めた。

すると突然、その輝きは広がり始め、その中に見慣れた光景が現れた。

自分の部屋の天井。丈一は目を覚ましたのだ。







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