僕らの背骨
もし父が生きてたにしろ、何故今更…。
真理に推測で全てを理解する事は無理だった。
ただ、この15才の誕生日に今まで平穏だった日々の隠された大きな不穏が、少しずつ浮き彫りになってきているのは間違いなかった。
今まで暗い影になっていたその真理の背景は真理自身には何の示唆もなく隠されていて、仮に全てが露呈されたにしろ、それは確実に真理が知り得ない真実なのだ。
知らない方が良い事もある…。
真理は自身の胸の内でそう呟いた。
もしそれが自分の心を傷つける悲しい真実なら…。
知らないで済む事なら、真理は決してそれを聞きたくなかった。
恐れている気持ちよりも先に、やはり真理はこの平穏を持続していたかったのだ。
少女漫画やドラマで展開するストーリーはいつでも真理の心をときめかせ、自分には訪れる事のない素敵な恋愛も、胸が高揚する危険な冒険も、実際には始まらなくても良いのだ。
普通が幸せ…。
真理はいつもそう自分に言い聞かせていた。
もちろん真理にも多少の抑制はあったが、本心から平穏という物を揺るぎない自分の"背骨"としていた。
それを自身の選択によって失ったら…、真理はきっと過去の平凡にいつまでも執着し、その辛い現実を認知する事など出来ないだろう。
つまり真理は平凡ではない自分を望む事こそが、破滅の最たる近道だと考えていて、平凡である今の自分を何よりも大切にし、認める事で、自らの幸せを守っていた。
なのに…、その平穏は突如影を落とした。
これが人が生きる上での"バランス"という物なのだろうか。
何かを得れば、何かを失い…、
誰かが生まれれば、誰かが死ぬ…。
真理が自身で望んでいた白紙の背景はただ望んでいただけの虚無な存在であり、全ての人間が当然背負うべき人生という名の背景が白紙である訳がないのだ。
自らの怠惰な蔑ろが、全てを少しずつ壊していた…。
真理は父が死んだという自分の背景を、その平穏を強く望むあまり、一度も背負いはしなかった。
それは真理の大きな過失であり、すでに取り返しのつかない怠慢という罪なのだ。
今、自分に出来る事…、
それが一体何なのか…。
真理はバッグから手紙を取り出し、その真実を見る決意をした…。