僕らの背骨

もし手紙に"許して欲しい"などという言葉があったのなら、真理は手紙を破り捨て、その父を忌み嫌っただろう…。

しかし"理解して欲しい"…、その言葉だけが、どうしても真理が父を憎む事の出来ない要因となっていた。

"理解"…。
真理は言葉通りそんな父を理解出来た。

もしそれが自分だったら…、真理はそう考えると、一つも父の行為を否定出来なかった。

浮気も、擁護も、逃避も…。

人間はそこまで強くない…。

15才ながら真理はその事実を知っていた。

張り裂けそうな孤独にたった一人で耐えられる人間などこの世界にいるはずがないのだ。

田中幸雄が表現した"均衡"という言葉はまさしくこの世界の根底に深く根付いている存在で、一片だけでは生存が出来ない人間の揺るぎないそのバランスなのだ。

擁護の先を失えば、それを補う存在を探す。

得た幸福は決して均衡の枠内をはみ出す事はない。

つまり不必要な擁護の対象を増やせば、自然と失うべき存在が出て来る。

バランスは常に繊細で、激しく揺れ動く存在の数だけ喪失は大きくなる。

秋子からの完全なる擁護を求める余り、その愛を疑った。

そしてその孤独を恐れる余り、夏美という本来存在してはいけない対象を増やしてしまった。

そして絶対的に必要な"選択"を怠った男はその罪をいつまでも蔑ろにし、やがて訪れる喪失まで全てを得ようとした…。

それが真理の父親である田中幸雄の罪であり、もう修復の出来ない均衡なのだ。

理解は出来ても、やはり真理は父を許す事は出来なかった…。


「…大丈夫?」
美紀は優しく聞いた。

「…ごめん、この内容ちょっと見せられない…。」
真理はさすがにためらいを見せてそう言った。

「全然良いよ…。そんなひどい事書いてあったの?」
美紀は真理に気を遣いつつ、内容のおおよその部分を聞いた。

「…うん、…想像以上にひどい…。でも、一応…、本当の父親…。」
真理は涙を拭いながら言った。

「…そっか。それで、…会うの?」
美紀は言葉を選びながら推測でそう聞いた。

「…ううん、そういうのじゃなかった。それに、…どっちにしろ会いたくないし…。」
真理は正直な気持ちでそう言った。

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