僕らの背骨
「良いよ!じゃあ朝までね!!
…私先入れよ。」
美紀は真理とテンションを合わせ、早速デンモクを手に取って選曲を始めた。
「…あっ、そうだ美紀"あの曲"歌ってよ。」
真理は"あの曲"というヒントの少ないリクエストをした。
「……"あれ"ね!!了解!」
仲の良い友人同士でしか出来ない不思議な意志の疎通である。
美紀は手早く選曲を済ませると、マイクを片手に持ち、烏龍茶で喉を潤した。
時代遅れの歌姫が歌う懐かしいそのヒットソングは、今時の中学生が歌うには多少違和感があった。
しかし、スピーカーから鮮やかなメロディが流れ出し、それに合わせて美紀が歌い出すと、そんな時代のズレなどは関係なく二人は曲に心酔した…。
"僕たちは幸せに…、"
"この旅路を…。"
「美紀が歌う曲でこの曲が一番好き!!」
真理は曲の間奏部分で美紀にそんな事を言った。
美紀はそんな真理からの称賛を笑顔で受け入れ、自らでその曲に酔いながら歌い続けていた…。
曲が終わると真理はうっとりとした表情で美紀を見つめ、またしつこい称賛を口にした。
「もう分かったよ!!(笑)」
美紀は満更でもない表情でその称賛を遮断した。
「じゃあ私"あれ"歌おう!」
またしても漠然とした表現で真理はデンモクを持って選曲を始めた。
しばらくして人気男性歌手が歌うヒットソングが流れ出すと、真理はキーを変えずに歌い出した。
普通女性が男性の曲を歌う場合、キーをいくつか上げる事が定石だが、悲しくも真理の"音痴"とも言える歌唱力はキーの上げ下げでどうにかなる物でもなかった…。
しかし、一生懸命自分の好きな歌を歌う真理の姿は、誰の目にも愛らしく写った。
もちろん真理の親友である美紀にも、その愛らしくも定まらない真理の音程を心底ほほえましく感じさせていた。
「上手上手!」
美紀はニヤニヤしながらそんな皮肉を口にした。
「うるさい!(笑)全然上手じゃないよ!!」
真理は自分の歌の下手さ加減を理解しながらも、こうした心許せる人間とのカラオケは大好きだった。
"発散"という言葉で表現するのは簡単だが、今この瞬間は真理や美紀にはそれ以上の喜びが存在していた。