僕らの背骨

先にある認知が重要なのではなく、真理自身の"理解"が何より必要なのだ。

知る事とそれを理解するのとではその感情の抑制方法に大きく差がある。

仮に凄惨な事実を知って、それにどう対応するか?

普通ならその意識を忘却の先に封じ込め、二度とその蓋を開けまいとするだろう。

他人事のニュース程度なら"理解"の必要もなくその忘却で事は足りる。

しかし、それが我が身に深く根付いた"背景"の事実なら…。

凄惨なら凄惨な程その忘却は難しくなり、認知だけでは箱を閉める事は出来ない。

それどころか、逃避にも近いその怠惰な行動はやがて自身を認知という刺で傷つけ、解決の未来がない永久的な存在になってしまう。

つまり、認知という行動だけでは事実を蔑ろにしているのとなんら変わりはなく、最も自身の感情を不安定にさせる要因になる。

では、その"理解"とは…。

認知の先にその事実を深く理解するという事は、事実その物の原因を知るという事であり、それはいずれ知る事の内容に擁護の矛先を見つける事にもなるのだ。

どんな凄惨な事実にも背景があり、要因がある。

その中からただ一つでも自分を擁護する事由が見受けられれば、凄惨な形は少しずつ角が削られ、"刺"その物の廃除すら不可能ではなくなる。

つまり、真理にもその背景がすでに露呈されているが、認知の先にある"理解"を怠らなければその緩和を期待する事が出来る。

逃避…、そう、それこそが最も事態を凄惨な形のまま留保する行為であり、真理の恐怖を現実にしてしまうのだ。


「もうすぐだよ…。」
美紀は窓に写る景色を見ながら、真理にそう言った。

「…うん。」
真理は心を決めた。

まずは全てを知る事…。

父が手紙で綴った真実は、真理に予期せぬ背景を背負わせ、やがて訪れる認知を迫る事になる。

今はまだそれが暗幕で姿を見せなくても、それは姑息にも存在だけを現にしていて、存在という形こその影がまた真理をその逃避へと誘おうとしていた。


タクシーがゆっくりとホテルの敷地内に入ると、真理は莉奈の姿を回想した。

不自然な笑み…、
主語のない語り口…。

"…あなたは誰なの?"

真理はその質問を胸に抱いた。

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