僕らの背骨
誠二はゆっくりとベッドから身を起こし、シャツを羽織った。
ふと莉奈に視線をやると、誠二は優しい笑みを見せてまた莉奈を喜ばせた。
照れた莉奈から視線を外すと、誠二はスーツのパンツを穿き、そのまま窓の前に立った。
その姿を見た莉奈もゆっくり身を起こすと、ベッドのシーツを全身に羽織りながら誠二に近づいた。
窓に反射して莉奈の姿が見えると、誠二は窓に背を向けて莉奈を抱きしめた。
しかし莉奈は何故かその抱擁に違和感を感じ、誠二に視線を合わせた。
「…どうしたん?」
これが"女の勘"という物なのか…、莉奈はその違和感が紛れも無い問題を示唆する物だと確信した。
誠二がテーブルの上に備え付けられていたメモ帳に視線を移すと、莉奈は直ぐさまそのメモ帳を手に取り、誠二に渡した。
誠二はそのメモ帳に付属していたペンを持つと、少し躊躇しながら文字を書いた。
−すまない。−
莉奈の予感は的中した。
何の解決も見せていないこの現状が継続している以上、まだ立ち向かうべき問題は山積みであり、その"幸福感"は一時の幻とも言えるのだ。
「…なんで謝ると?」
莉奈は全てを理解しつつも、誠二からの擁護を期待した。
すると誠二はまたメモに書いた。
−もう一緒にはいられない。−
分かっていたはずの誠二からの拒絶だったにも関わらず、莉奈は胸を締め付けられた。
もう元には戻れない…。
莉奈はその事実を理解とは別に認知していた。
人間が"認知"と"容認"の違いを言葉では簡単に整理出来ても、感情その物を自身で操作するのは不可能である。
莉奈もまさしくその感情の操作に失敗した人間であり、認知を容認と履き違えた例に当て嵌まる。
その感情と認識の誤差は長い時間が経過する程大きくなり、やがて容認ではなかった事実に気付くと、今の莉奈のように深く傷付く事になる…。
「…じゃあ何でエッチしたと?」
莉奈はベッドを指さしながらそう言った。
誠二は視線を一度下に向けると、懸念の表情を見せながらまたメモに書いた。
−だからすまない。−
莉奈はその文章を読んだ瞬間にメモ帳を下に叩き落とした。
そのまま莉奈は誠二から身を引くと、ベッドに腰を下ろして両手で顔を覆った。