僕らの背骨
誠二はまたメモを書き始めた。
莉奈はそれをグシャグシャにしたくてたまらなかった。
…殴りたい。
莉奈は生まれて初めて人を殴りたいと思った。
すると誠二はそのメモを見せ、また莉奈に読ませた。
−俺はあの日までずっと、莉奈と"結婚"したいと思ってた。−
莉奈はその瞬間、右手の平を自身の関節が外れそうなくらいまで振りかぶり、それをそのまま誠二の頬にぶつけた。
室内に乾いた破裂音が響き渡り、莉奈の心情をその行為によって表現していた。
「何で今さらそんな事言うんよ!!莉奈がどんだけ辛いかも考えんと、誠二は自分勝手な事ばっかり言うけん!莉奈はどうすればええの!!!」
莉奈はその言葉に一切の気取りも見せずに率直に言った。
誠二は赤く染まった頬をそのままにして、莉奈のその悲しき主張を黙って聞いていた。
興奮して早口になっていた莉奈の唇からは正確な言葉は読み取れなかったが、それでも莉奈の心情だけははっきりと誠二に伝わった。
もうすでに謝罪など意味を成さない…。
誠二は諦めたように視線を下に向けると、ゆっくり莉奈の横を通り過ぎ、ドアを開けた。
「ちょっと待ってよ!莉奈の話しまだ終わってないけん…。」
莉奈は通路に声が響いてもお構いなしで叫んだ。
交差する時間が何度二人を引き寄せても、その"背骨"は今も誠二に重くのしかかり、忘れる事の出来ない求愛の対象を、こうしてまた傷付けている…。
いずれ順応と忘却が訪れ、それが少なからず二人を救ったとしても、今この瞬間に感じた二人の張り裂けるような想いは、思い返す度に何度でもその身を切り裂く事になる。
傷心は全ての背景を著しく濁し、純潔な求愛すらも悲しく堪え難い記憶にしてしまう。
ただ希薄な感情ならその比例は浅く、深い傷は残らない。
しかし、二人のような濃厚で密度のある感情の深度が事実存在してしまうと、その傷は永遠なる価値基準になり、今後の人生を変える"岐路"にも成り得る。
それが未成熟な若者達が背負う"背骨"の重要性とも言えるだろう…。
彼らは傷付き、
一人で全てと闘っている…。