僕らの背骨
「じゃあ…、美紀んちか…。」
正樹は莉奈のきつい言い方にはもう慣れた様子で言った。
「…うん、一番可能性があるのは美紀さんちだと思う。さっきのカラオケ屋にはもういないと思うしね…」
莉奈は先程真理がカラオケ店から帰りかけていた…、と事実を捩曲げていた。
その理由は一番に正樹の完全なる味方にはなりたくなかったという事、そして、莉奈なりに正樹という存在に必然性の結び付きがあるかどうかを試してみたかったという事があった。
仮にそれが事実存在するのなら、交差した人々の偶発的な出会いの全てに意味を持たせる事が出来、同時に莉奈自身の存在理由を確たる物に出来るからだった。
莉奈は今だに正樹という人間を好きにはなれなかったが、この交差に関わる全てを偶然とは片付けたくなかった。
だからこそ、莉奈は正樹に誠二と接触するには可能性の低い提案をして、その"結果"を試そうとしていた。
「…姉ちゃんに俺は帰ったって言っといて。」
正樹はそう言いながら席を立った。
「あっ、そうだ!…誠二に何かしたら殺すから。」
莉奈は無表情でそんな宣言をした。
「………。」
正樹は一瞬何かを言い返そうと立ち止まったが、結局自分の内で納得のいく言葉が思い浮かばず、そのまま無言で店を出て行った。
寒風が吹く都会の街が正樹を迎え入れると、その瞬間辺りは異様な雰囲気に包まれた…。
正樹には見慣れているはずのこの雑踏は、今初めて少年に鋭い牙を見せ、少年に特有の"初体験"の恐怖を感じさせていた。
見知らぬ男との対決…。
もちろん正樹は決闘などするつもりはなかったが、ある意味でこれは敵との勝負だと言えた。
求愛を寄せる対象に自己を押し付ける男…。
これを敵と見なさずしてどうする…。
正樹は心底誠二という人間を忌み嫌っていた。
真理への擁護もさる事ながら、それ以上に誠二の人格を憎み、出来る事ならこの世から抹殺したい…。
それほどの憎しみが胸の内に広がると、正樹は初めてその感情の"絶対的"な力を感じた。
揺らぐ事のない完全なる感情…。
これが"憎しみ"か…。
怠惰な生活を堪能していた正樹にとって、まさしくそれは"初体験"だった。