僕らの背骨
最終電車は正樹の予想通り混雑していて、郊外にある美伽の自宅までの長い道程を煩わしくも感じさせた。
次第に虚ろう美紀への情愛は、もうすでに真理にだけ向けられていて、フッた事への僅かな罪悪感すら、誠二への憎しみに転換されていた。
別れる直前の時期は正樹にとって惰性以外の何物でもなく、身体的な求愛すらも蔑ろになっていた。
それでも実質的な肌の触れ合いを継続したのは、悲しくもただの性欲がその理由だった。
フラれた事で美紀にもその事実が露呈される事となったが、それはもう正樹には関知しない問題で、今想う美紀への感情は真理との接点を持ってでしか存在しなかった。
数時間前、電車内で美紀と莉奈が話していた時も、正樹はずっと真理への求愛だけに心を囚われていた。
投げ掛けられる美紀の笑顔に罪悪感を感じなかったか?もし正樹がそんな質問をされたとしたら、正樹は迷う事なくノーだと答えただろう。
もちろんこれは他人から見れば救いようのない最低男だと判断されるだろうが、正樹には正樹なりの正当な理由があった。
正樹が美紀と付き合い始めてから今日別れるまで、美紀は実際正樹など見ていなかった…。
恋心は事実存在しただろうが、それは俗に言う"恋に恋する"という自己満足だった。
元来美形でもなく、包容力もない正樹を好きになる事で、疎外的な恋愛を美紀は楽しんでいた。
それはつまり、美紀は正樹ではなく自分自身に酔っていただけで、誠実なる恋愛をしていなかったのだ。
告白された時からその欺瞞に気付いていた正樹は、彼女という"飾り"と性欲の為に美紀と偽りの契約を交わし、今日までそれを継続した。
孤独なる求愛の交わりは日を追う毎に正樹の内で虚しさを増し、次第にその美紀の笑顔すら欺瞞にしか見えなくなった。
いずれ性欲の順応に差し掛かれば、正樹が関係を終結させたのは当然とも言えるだろう。
だからこそ、正樹には罪悪感などなかったのだ…。
偽りの関係が長ければ長い程、人間は真実の求愛に走ってしまう。
それが叶わぬ恋だと知っていても、その感情だけで幸福を味わえ、いずれまた順応すれば、拒絶を承知で相手に関係を迫る。
どの時代の少年少女も、こうした様々な求愛の形に戸惑い、孤独を知り、次第に大人になっていく…。