僕らの背骨

電車を降り改札を抜けると、正樹は郊外に散らばった人の群れを何故か客観的に見回した。

つい数時間前までは自分もこの群れに同化していて、とある特殊な背景に包まれた人間のみがその特異性を感じ得る。

正樹は今まさにそんな"特別意識"を堪能していた。

自分がどれだけ退屈な日常を送っていたか…。そんな劣等感すら芽生えながら、正樹は胸の高揚と優越を感じた。

明日の今頃には自分の"役割"はすでに完了していて、また日々の退屈に戻る…。

口惜しくも感じたその未来予想図は、正樹の内でひそかに現実味を帯びていた。

出来れば明日には明日の役割が存在し、この胸の高鳴りをそのままに"冒険"がしたい…。

正樹は美紀の自宅に向かう道中、ずっとそんな願望を膨らませていた。

終電も終わり、すでに帰宅の路を絶たれた正樹だったが、心の中ではいつまででも待つ決心をしていた。

辺りには正樹と同じ年頃の少年達が地元を我が物顔で徘徊しており、進学校に通う正樹の優越感をさらに助長した。

行く先は左官か土木だろうな…。

そんな蔑みは正樹でなくとも誰もがしてしまいがちだが、彼らには彼らなりの人生の楽しみ方があるのだ。

もちろん正樹は自身のエリート街道を不変の"背骨"として背負っていたが、やはりその決められたレールには多少の物足りなさを感じていた…。

エリートならではの悩みだが、少年期から何一つ迷う事なくその道筋を見据えられる人間などいないだろう。

裕福である事や、自身のスキルなどの最低限の"環境"が整っていたとしても、誰しもがエリートというレールに当て嵌まるとは限らない。

しかし、人生の保険という意味で殆どの人間がそのレールを"取り敢えず"得ようと努力をする。

どの世界でもその密度が高まり、本来ビジネスに才のある人間が受験に失敗したり、学歴だけを欲した愚鈍な人間が有名大学の枠を根こそぎ摘み取ってしまう。

その証拠に、どの経営者も口を揃えてこう言う。
『東大出で"使える"奴は少ない…。』

自分の本来持ち得るスキルを蔑ろにして、ただ黙々と勉学だけに励んでも、ビジネスのセンスがなければ何の役にも立たない。

そんな悲しき先進国の悪循環は、今も大いに継続している…。

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