僕らの背骨

美紀のアパートの敷地に足を踏み入れると、正樹はドアの前まで来て立ち止まり、そのまま顔の向きは変えずに周辺を見回した。

しかしそこには誠二らしき人影はなく、正樹は長い"張り込み"を覚悟した。

正樹は肩を撫で下ろし、ふとため息を漏らすと、ドアの真ん前という不審極まりない自分の立ち位置に気付いた。

せめて敷地の外で見張ろうと思い、ふと視線を道路の方へ向けると、正樹の視界に電柱の影に同化した黒いコートの男が写った。

正樹は胸が張り裂けそうな程その状況に驚いた。

まさか、本当にいるとは…。

正樹は視線をドアに移し、気付かない振りをしながら携帯を取り出した。

そして、慌てながらも正樹は莉奈に電話を掛けた。

どう伝えるべきかは分からなかったが、正樹は莉奈への伝達をまるで約束事のように捉えていた。

ただ不安なる気持ちを落ち着かせる為に、唯一同じ立場にある莉奈に擁護を求めたのか…、もしくは自分が先に誠二を見つけたという優越感に浸りたかったのか…。

しかし、数秒経つと莉奈の携帯は留守電サービスに繋がり、正樹への対応を拒絶した。

諦めのつかなかった正樹はそのまま莉奈に一通のメールを送った。

−セイジらしき奴が美紀んちの前にいる…。一応報告はしとく。−

このメールからどんな返信を求めていたのかは正樹自身にも分からなかったが、ただはっきりと理解していたのは、正樹はこうする事で自分の"勇気ある行動"を誰かに証明したかったのだ。

意を決した正樹はアパートの敷地から出ると、取り敢えず誠二のいる方角とは逆側の道へ進んだ。

正樹は自分の意志表示の確認がまだ済んでいない事に不安を感じ、周辺を一周しながら誠二への主張を整理しようと考えた。

正樹の内で、その間に誠二が姿消す心配はなかった。

何故なら誠二は正樹と違い、飽くまで美紀や真理との接触の為にここにいて、二人のどちらかが現れるまではこの場を離れる筈がなかったからだ。

何度もこの周辺に足を踏み入れている正樹は、立地的な誠二との距離を頭で捉えながら、その整理を次第に正確な主張へと形成していった。

徐々に誠二との距離が縮まり、正樹は激しい胸の動悸を抑えながら、誠二の背中を視線に捕らえた。

「…おい。」
正樹は言った…。

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