僕らの背骨
第七章 真理の擁護
{11月2日 AM 6:21}
「誠二!!!」
真理は叫んだ。
次の瞬間、真理は屋上から身を乗り出し、下に落ちた誠二の姿を探した。
朝焼けに照らされた都会の情景は、静かにその姿形を次第に見せ始めていたが、下の樹木や植木に敷き詰められたビルの隙間に光りが当たる事はなく、ただ乾いた木々の折れる音が今もまだそこから響いていた。
真理は直ぐさま屋上を出て非常階段を降りた。
張り裂けそうな不安は真理の内で悲しい悲鳴を上げ、乱れる呼吸や手足の震えも、全ては"兄"を擁護していた事への証明だった。
一階に着くと真理は一度ドアの前で足を止め、胸の内で誠二の無事を祈った。
白い吐息が赤く染まった真理の頬を包み、今にも泣き出しそうな少女の弱さをはっきり表情にも表していた。
今だ不安の消えない真理は震えながらも一階の非常ドアを開け、カラオケ店のロビーに出た。
「…だ、誰か落ちたんですか?」
何かが落下した"異音"を聞いた店員が、不審な視線を向けながら真理に言った。
「…救急車呼んで下さい。」
真理は潤んだ瞳を店員に向けると、そう言いながらフロントを通り過ぎ、早歩きで外に出て行った。
真理はもう激しい足の震えで走る事も出来ないでいた。
ビルとビルの隙間の前にはすでに無数の野次馬が集まっていて、皆が瀕死の誠二に好奇の目を向けていた。
「誠二!!」
真理は心の底から神に感謝した。
誠二は手を上下に揺り動かしながらその痛みに堪えていて、真理から見たその意識もはっきりしていた。
「…ん、…、う…。」
誠二は顔中切り傷や擦り傷だらけだったが、視線だけはしっかりと真理に向けられていて、ゆっくり右手を真理の指先に触れると、そのまま真理の手を軽く握った。
「救急車呼んでもらったから、もう大丈夫…、なにも喋んなくて良いよ…。大丈夫だから…、安心して…。」
真理は両手でその誠二の右手を握り返しながらそう言った。
しかし、真理は一見した時、生きていた事が救いだと判断した事を後悔した。
病院で死んだら…、
救急車が来る前に死んだら…。
即死より遥かに心の痛む誠二との別れになる…。
ただ素人目から見て、辺りに植えられた樹木や植木が誠二の命を救ったのは明らかだった。