僕らの背骨
しかし誠二にはもう痛みに堪える意識しか持ち得る事が出来ず、顔を地面に背けたまま苦痛に顔を歪ませていた。
その時、遠くから救急車のサイレンの音が聞こえると、次第にその音は距離を縮め、騒音にも近い大音量でやっと真理を安心させた。
数秒すると救急車はビルの隙間からその姿を表し、救急隊員が足早にカラオケ店の店員に促されながら真理の元に近付いて来た。
その救急隊員は二、三言真理に質問すると、状況に応じた処置を迅速に行い、誠二をストレッチャーに乗せた。
「お友達ですか?」
救急隊員は救急車に同乗させるかどうかの判断の為、真理にそう聞いた。
「あの、…兄妹です。」
真理は言った。
「じゃあ一緒に乗って下さい。手続きが有りますので、すぐにご両親を呼んで下さい。」
救急隊員は誠二を乗せたストレッチャーを救急車に運び入れながらそう言った。
早朝の都会の雑踏は次第に混雑を増し、過ぎ行く昨日を傍観していた。
救急車を見る野次馬達はすでに無数の方角へ散らばり始め、また各々の今日を展開していった。
過ぎ去る昨日の継続が、今こうして見つめる先に存在すると、真理は異様な感覚に襲われた。
それは寝不足という体調不良が引き起こした身体的な感覚なのか…、もしくはずっと影の姿としてしかその全容を現さなかった存在が、今はこうして傷付き、衰弱し、目の前でその命を必死になって繋いでいるからなのか…。
ドラマや映画で良く見る救急車でのクライマックス…。
恋人が手を繋ぎ、相手がその別れを詩的な台詞で告げる…。
そして涙を流しながらゆっくり瞳を閉じると、心電図が音を立てて直線の映像を見せる…。
恋人は泣きながら大声で相手の名前を呼び、蒼白し、微動だにしない相手の表情を見て、その"別れ"を知る…。
真理は不謹慎にもそんな妄想をしていた。
それは人間なら当然の反応であり、真理でなくともこんな異質な状況を実際に体験すれば、自然とこんな妄想をしてしまう。
しかし、実際の救急車の中では救急隊員の存在が患者と最も近い距離にいて、この真理と誠二の微妙な距離を考えたらラブストーリーのワンシーンを作り出すのは不可能だった。