僕らの背骨

真理が振り返ると、そこには開け放たれたドアの前に立つ、一人の中年男性の姿があった。

「………。」
真理はそれが誰なのか…、はっきりと"理解"した。

見知らぬ男性なのは瞬時に分かったが、真理はその男の悲しげな瞳と、誠二に似た長身のルックスから、この人が実の"父親"なのだと確信した…。

「…容態は聞いた。本当に無事で良かった…。」
"田中幸雄"はベッドの前まで来ると、優しい視線を誠二に向けながらそう言った。

「………。」
真理は硬直した。

誠二の父親…、
つまり…、私の父親…。

この人が…。

「…私が誰か、分かるね?」
幸雄は真理を真っ直ぐに見据えながら言った。

「………。」
真理は無言のまま頷いた。

「…"すまない"。…その一言しか、…思い付かない。私は何度も"娘"との再会を思い描いていたが、…しかし、謝る事でしか、その会話を続けられなかった…。やはり思っていた通りだ…。私には、謝る事しか出来ない…。」
幸雄は一度も目線を真理から逸らす事なく、誠実な心情を話した。

「………、…あの、聞いても良いですか?」
真理はかすれた小声でそう呟いた。

「…ん?」
幸雄は今も真理を見据えたまま、耳を傾けた。

「あの…、彼に、…言わないんですか?自分が"父親"だって…。」
真理は自分がしようとしていた誠二への"告白"は、やはり父本人が言うべき事なのでは…、と思い、正直にそれを言った。

「…私は、…それを誠二に伝えても言いのだろうか…。これ以上…、誠二を傷つける事にはならないだろうか…。正直…、何度考えても…、その"答え"を出せずにいたんだ…。恐らく誠二は私が"死んだ"事によって、その罪を自身で引き継いでしまった…。巻き込むまいと私は自分を隠し続けたんだが、全てはその罪故の行為…、誰も傷付かない訳がない…。」
幸雄は瞳を閉じ、自身の犯した罪の重さを改めて感じていた…。

「…誠二は、…多分、乗り越えたかもしれないです…。」
真理は言った。

「…"乗り越えた"?」
幸雄は真理を見つめながら聞いた。

「…はい。…私と出会った事で、誠二はもう一人ぼっちじゃないんです…。さっき私の手に触れて、…誠二は笑ったんです。」
真理は柔らかな笑顔を見せながら言った。

< 177 / 211 >

この作品をシェア

pagetop