僕らの背骨
「なるほど…。確かに気になるよね…。えっとね…、ちょっと話すと長くなるんだけど、私達はあなたに会いに来たんじゃなくて、莉奈ちゃんに会うつもりでここに来たの…。そしたら、あなたが偶然いて…。」
真理は手振りを加えながら説明した。
すると誠二はまたメモを書き出し、それを素早く真理に見せた。
−莉奈に何の用が?−
「えっとね…、莉奈ちゃんは恐らく私に会う為に美紀と接触してて…、それで、さっきのカラオケ屋で私に話し掛けて来て…、なんか意味不明な事言われたんだけど…、それが気になってさ…。美紀は莉奈ちゃんがここに泊まってるの知ってたから…。」
真理は敢えて"父親"からの手紙の存在は伏せて話した。
真理は誠二に真実を言う事に恐れを感じていた部分もあるが、それ以上に今の誠二の精神状態を心配していた。
先程の莉奈との会話を聞く限り、二人は恋人同士であり、誠二の自己満足で仲は険悪である…。
その二人の仲たがいに、真理や父の存在が原因としてあるのは明らかだった。
だからこそ、真理はこのタイミングでの"告白"を躊躇ったのだ…。
誠二はまたメモを書いた。
−じゃあ、俺の話しを聞いてくれる?−
以前の拒絶はもう過去の物となり、誠二は真理の最低限の擁護を感覚で捉え、素直に聞いた。
「…うん、話して。」
真理は言った。
誠二はその受諾に安心すると、またメモを書いた。
−でも、今莉奈を放っておく事は出来ない…。少し、待っててくれないか?−
「良いけど…、ここで待ってるの?」
真理はホテルの廊下が会話をするには不適切な場所だという事を訝しげに示唆した。
誠二はメモを書いた。
−さっきのカラオケ屋で待っててくれ。莉奈と話しが済んだら、すぐに行く。−
「そう…、了解。」
真理はそう言うと、ゆっくり誠二に背を向けてエレベーターに向かった。
しかし、真理は普通に考えて誠二もエレベーターを利用するという当たり前の事に気付き、振り返って誠二に手振りで"一緒にエレベーターに…"という事を伝えた。
誠二もそれに気付き、軽く頷いて真理の後をついて行った。
エレベーターを待つ間、二人の間には不自然な空気が充満し、時間稼ぎの会話がいかに人間同士に必要かを思い知らせた。