僕らの背骨
誠二は莉奈の手を握ると、瞳を真っ直ぐに向けた。
視線の絡み合いでお互いの唇が視界に入ると、二人は一瞬顔を近付け、…見つめ合った。
誠二は慣れ親しんだ求愛の行為として、また優しく莉奈の頬に触れ、その擁護の笑みを見せた。
しかし、二人の握られた手がゆっくり解けていくと、誠二はその場を惜しむように立ち上がり、莉奈に背を向けてホテルを出て行った。
背中を刺す莉奈の視線を受けると、誠二は唇を噛み締めた…。
そしてホテルの前でタクシーに乗り込むと、目的地をメモに書き、それを運転手に見せた。
タクシーの窓から見えるホテルのロビーには、まだ莉奈の姿があった。
悲しそうな視線を誠二に向け、今だに枯れる事を知らない涙腺が、ただその瞳を濡らしていた…。
さよなら、莉奈…。
誠二は心の内でそう呟くと、莉奈から視線を外した。
深夜でも決して途切れる事のない都会の雑踏が、こうしてまた流れる景色として目に映る度、誠二の孤独を膨れさせた。
もし生きる事に理由があるのなら、それはきっと…、自己欲の果てだ…。
そして…、死に行く事に理由があるのなら、それはただ一つ…、擁護すべき人がいるから…。
これは"選択"じゃない…。
理由とその意味が行動になる。
例え自らが怠惰に生命を永らえたとしても、それには有益な消費対象の意義があり、決して無意味な人生ではない。
人間の均衡と循環には必ず劣悪な存在が必要であり、"怠惰"こそが社会の利益に繋がる。
勤勉と逃避、繁栄と死。
このバランスが唯一人間同士を正常に保つ必須の存在であり、不変の均衡である。
そのどちらが自分に当て嵌まっても、人間は決してそれを変える事は出来ない。
理由とはその人間の価値にあり、備わった感性や培った環境抑制で全てが決まる。
"運命は変えられる"
そんな陳腐な現実逃避で人生を自由に左右する事など出来るだろうか…。
もちろん、決められた人生がある訳ではない。
ただ、その理由は不変に存在し、自らでは決して変えられない…。
誠二が気付いたその理由もまた、もう"行動"する事への意味を持たせていた。
分かっていたのに…、
莉奈への求愛がその行動を抑制していた…。