僕らの背骨
"自己犠牲"…、その計り知れない結果の効力がいかなる物か…。
誠二は怠慢にもそんな単純な発想を疎かにし、今までまるで反対の事をしようとしていた。
犠牲に伴う擁護の先には必ず救いがあり、つまりそれは誠二自身の擁護にも繋がる。
抗う事の恐怖と、担う理想への行為…。
誠二はやっと理解した…。
自分はまさしく怠惰な劣悪対象であり、その先に存在する意義の理由は明白だ…。
タクシーが大通りの路肩に停車した。
誠二は運転手に料金を支払うと、落ち着いた様子でタクシーを降りた。
そのまま一つの雑居ビルに入ると、誠二はそのカラオケ店の異様な雰囲気に困惑した。
そこには制服の警官が一名、スーツ姿の刑事らしき男性二名が店員と何やら話しをしていた。
表にパトカーが一台停車していた事を思い出すと、誠二は迷いながらもロビーのソファに座った。
一般的に考えて、大きな事件なら店自体が立入禁止になるはずである。
つまりはごく軽度の事件が店内で起こり、警官が店員に事情を聞いているのか、もしくは近くで起きた事件を捜査しているのか…、誠二はそんな推測をしながら真理が現れるのを待った。
すると、制服警官が何気なく誠二の方に近付いて来た。
煩わしそうに誠二は警官に目をやると、警官は何やら誠二に説明しているようだったが、その警官があまりに顔を左右に動かしながら説明した為、誠二はまったく唇の動きが読めなかった。
誠二は胸ポケットからメモ帳を取り出すと、今までの人生で何度となく見せた、予め書いてあるメモ帳の一ページ目を警官に見せた。
−私は耳が聞こえません。
ですが、ゆっくり話して頂ければ唇の動きで話しを理解出来ます。−
「あぁ〜…なるほど…。いやっ、なんでもありません…。」
その警官は明らさまに誠二とのそんな煩わしい対話を拒絶し、また受付にいた店員の元へ戻って行った。
せめて事情くらい…。
誠二はそんな憤りを感じたが、結局無関係な事などに気を取られている余裕もなく、すぐに意識を他に移した。
まさか…。
誠二の内で嫌な予感が走った…。
真理に何かあったんじゃ…。
誠二はソファから立ち上がって受付まで歩み寄ると、警官の肩を叩いた。