僕らの背骨
振り向いた警官が訝しげな顔で誠二を見ると、その時、通路の奥から真理が姿を現した。
誠二は慌てて警官に視線を戻すと、手振りで勘違いだった事を伝え、真理の方へ近付いて行った。
「ここだと人がいるから…、屋上行こっか?」
真理は人差し指で上を指さしながら誠二にそう言った。
誠二は軽く頷くと、真理と一緒にエレベーターの前に立った。
その間、警官は当然のように真理と誠二に不審そうな視線を送り、職質の必要性を考えているようだった。
数秒してエレベーターのドアが開くと、誠二は真理を先に乗せ、自分もエレベーターに乗った。
誠二はドアが閉まる前に一度振り返って警官を見た。
しかし、角度的に私服刑事の後ろ姿しか見えず、先程の警官の視線を確認する事は出来なかった。
エレベーターのドアが閉まると、真理は誠二の腕を突き、こちらを見るように促した。
「さっきここで傷害事件があったんだって。詳しくは聞かなかったけど、なんか警察の人に一応犯人がまだ捕まってないから早く帰りなさいって言われた…。」
真理は何気なくそんな報告をした。
誠二は真理が無事だった事に安心し、興味なさ気に表情で相槌をうった。
「でもさ…、あなたと待ち合わせしてたから、帰る訳にもいかないし…、だから"兄"が迎えに来るって言っといた。」
真理は言った直後に視線を誠二から外し、真顔のままその報告を終わらせた。
真理としてはそんな照れを表情に出すのが腹立たしく、くれぐれも独りよがりの部分が出ないよう、真顔を貫き通していた。
エレベーターが最上階に着くと、真理は何度か入った事のある屋上へ通じる非常階段の方へ誠二を案内した。
すると誠二は歩きながらメモを書き、そのページだけを破いて真理に手渡した。
−とっさについた嘘でも、君から"兄"と呼ばれるのは嬉しい。−
「…えっ?」
真理は思わず照れ笑いをしながら立ち止まった。
しかし誠二はそれが本心だっただけに、真理以上に照れを感じ、そのまま自分で非常階段のドアを開け、真理より先に階段を上り始めた。
兄として…、妹として…。
その関係性を意識しての会話は、これが二人にとって初めての事だった。