僕らの背骨

タクシーはホテルの入口の真ん前に留まっていて、正樹が後部座席の奥に座っていたのはすぐに確認出来た。

莉奈は開け放たれたタクシーのドアまでは何とか平静を保とうと、足を踏み締めながらゆっくり歩いていた。

「…遅ぇよ。」
莉奈の姿を確認した正樹は、余りの莉奈の歩行の遅さに気付き、そんな冷たい言葉を投げ掛けた。

「………。」
莉奈はようやくタクシーのドアに手を掛けると、一度深呼吸をしてからタクシーに乗り込んだ。

「…体調悪ぃのか?」
莉奈の蒼白な顔色を見て、正樹は堪らずそう言った。

「別に…。寝てないだけ…。」
莉奈は下を向いて顔色の悪さを隠すと、そのまま運転手に目的地を告げた。

「カラオケ屋?そんな所で…。…でも、そこなら安心かもな?」
正樹は運転手への体裁上"自殺"に当て嵌まる言葉は使わずに莉奈にその意味を伝えた。

「…自殺する方法なんていくらでもあるよ…。」
莉奈は正樹のその遠回しな言い方に何故か腹が立ち、わざとはっきりとした言葉を言って正樹を困らせた。

「………。」
正樹にはもう莉奈を理解する事は出来そうもなく、無言でその発言を流した。

「…誠二はあんたと違って頭が良いし、度胸もある…。その気になれば舌を噛んで死ぬ事だって出来るよ…。だから莉奈は心配なの…。誠二は躊躇がないから…、そうと決めたら、きっとすぐにでも…。」
莉奈は言い終わる前に口を塞いだ。

その誠二の気質を考えれば考える程、莉奈の心配している"行為"が現実的に思え、今この瞬間にも…、すでに…。

そんなイメージが莉奈の脳裏を過ぎる度に、莉奈は募る不安と体調の悪さに体を震わせていた。

「…お前本当に大丈夫かよ?顔真っ青だぞ…。」
正樹はその莉奈の異変気付くと、いてもたってもいられずにそう聞いた。

「…寝不足って言ったでしょ…。何度も同じ事聞かないでよ…。」
莉奈はもう喋る事すら億劫だった…。


次第に空は薄く色付き、新しい一日の始まりを示唆していた。

長い夜はようやく莉奈の内で"過去"と処理され、今はただ、今後の二人の穏やかな日々を、莉奈は胸の内で願っていた。


「…莉奈は誠二が好きやけん…。…それは、ずっと変わらんよ…。」
莉奈は窓に映る景色を眺めながらそう呟いた。

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