僕らの背骨
「…えっ?」
正樹はそんな莉奈の小声が聞き取れず、思わず聞き直した。
「……止めて、…。」
莉奈は朦朧とする意識を紙一重で支えながら呟いた。
「えっ?何?気分悪ぃのか?」
正樹は慌てて言った。
「お願い…、車止めて…。」
莉奈は前のシートを掴みながら呻くように言った。
「す、すいません!車止めて下さい!」
正樹は運転手にそう言うと、迷いながらも莉奈の背中を摩った。
タクシーが道の路肩に急停車すると、運転手は莉奈を降ろす為、すぐにドアを開けた。
しかし、莉奈は前部シートに頭を押し当てたまま動こうとしなかった。
「おい…、大丈夫かよ…?」
正樹は今自分がどうすべきかを悩みながら、ただ莉奈の背中に優しく手をあてていた。
「吐くんだったら外でね…。」
運転手は冷たく言い放った。
莉奈の身体を蝕む不安と孤独は次第にその実態を体調に表し、今はっきりと莉奈を襲っていた。
痛みとして感じる腹部の違和感や、不眠による頭痛、そして立ち上がる事も困難な全身のだるけ…。
しかし、症状として現れたそんな痛みより、莉奈には見据える"未来"を何より重要視していた。
もう二度と放さない…。
もし…、また誠二に会えたら…、ずっと手を握ったまま…、絶対放さない…。
莉奈はその時全てが無音に感じ、望む誠二との抱擁だけを考えていた。
抱きしめてくれなくても良い…。
次は自分が…、
誠二を抱きしめるから…。
お願い…。
生きて…。
瞬時に辺りは眩しい光りに包まれ、莉奈は痛みを抱えたままその意識を失った…。
不安は消え…、
その痛みが浮遊する胸の内も、次第に緩やかな和みを見せた…。
「莉奈…。」
どこかでその名前が響く…。
意識の遠くに求愛を寄せる相手が笑い掛け、優しく莉奈を包み込む…。
「莉奈…。」
初めて聞く声…。
抱きしめた相手はいつしか体温を失い、姿を消したまま、ただその名前を呼んでいた…。
優しい声…。
その声は莉奈を微かに抱擁して、また意識の遠くに姿を消す…。
もう一度…。
もう一度だけ…、名前を呼んで…。
誠二…。
お願い…。