僕らの背骨
最終章 田中秋子


真理のパパはね…、
真理が生まれる前に死んだのよ…。


ママは私にそう言った…。

理解出来なくても、私は嬉しかった…。

それは、"普通"じゃない事だから…。



{11月1日 PM 3:10}

「…真理?」
真理が帰宅すると、母親の秋子がリビングから声をかけた。

「……。」
真理は声を発する事もなくリビングに向かい、ちらっと秋子に目を合わせると、無愛想な表情で帰宅を伝えた。

「冷蔵庫にケーキあるからね。今日誕生日でしょ?」
秋子はこれみよがしに小さな子供を扱う様な口調で優しく言い、真理の神経を逆なでした。

「…うん。」
真理は表情を変えずに返事だけをすると、冷蔵庫からペットボトルの紅茶だけを取り出し、早々と自分の部屋へ向かった。

階段を上る最中、秋子は母親らしい形式的な物の言い方で真理にケーキを食べるように懇願していたが、真理がそれを無視する事は秋子自身予想していたようだった。

その証拠に、秋子は階段付近の廊下までは来るが、決して階段を上りはしなかった。

何故ならその階段を上れば懇願は母親からのただの主張ではなく、"説教"という娘には煩わしい問題に格上げされるからだった。

この親子の最も似ている部分は、平和主義という事である。

必要以上にお互いを干渉するといずれは安定した関係を失い、現状である"平穏な親子"という紙一重の命綱を切ってしまう…。

母親は階段の下から真理が部屋に入るのを確認すると、そのままリビングへと戻り、その命綱をしっかりと守った。


一方真理は、部屋に入るとゆっくりバッグをベッドに置き、ペタッと地べたに座り込んだ。

そして何やら悲しい表情でバッグを見つめ、深いため息をついた。

こんな毎日で良い…。
平穏な関係で、平穏な日々…。

真理は決して自分の感情を押し殺してそんな事を思っている訳ではなく、心の底から現状の日々を喜んでいて、出来る事ならこの先の人生もこういう生温い環境が持続して、ゆっくりと落ち着いた日々を過ごしたいと願っていた。

真理は15才にして、
異常なまでに欲のない少女だった…。

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