僕らの背骨
真理と紗耶がダイニングルームを出て行ってから、紗耶の母はグラスのジュースをワインに変えた。
紗耶の母がその晩を深酒の夜にしたのは、自身の"母として"の…、そして人間としての配慮の無さに理由があったからであり、決して真理のせいではない。
紗耶への未熟な教育に気付く度に、紗耶の母は一人こうして、深酒をするのだった…。
薄暗いウォームライトで照らされた廊下には、5㍍間隔で小物を置くスペースがあり、そこに置かれた壷や絵画は、少なくとも真理目線では全て高級そうに見えた。
その長く豪華な廊下を抜け、紗耶の部屋の前まで来ると、真理は急にこのマンションの広さが不安になった。
「…あのさ、トイレってどこにあるの?ていうか夜中とか急にトイレ行きたくなったら迷いそうなんだけど…。」
真理は素直にその不安を口にした。
「えっ?ていうか部屋にあるよ。…バスルーム。」
紗耶は当然のように言った。
「はぁ!?専用のバスルームがあんの!?」
真理はそもそも尋常じゃない紗耶の金持ちっぷりに違和感を覚えていたが、それよりもこんな都会から離れた郊外に、何故ここまで高級なマンションがあるのか不思議に思っていた。
通常、これ程の高級マンションは都心部かそれ相応の立地に備えるのが常識であり、その一般知識を知らない真理にでさえ、このマンションの立地の悪さは一目瞭然だった。
「ていうかさ…、この辺って結構郊外だよね?」
と真理が疑問を口にした瞬間、紗耶が部屋のドアを開けた。
「ん、何?」
紗耶が真理を部屋に迎え入れながら言った。
「うわぁ…。」
視界に広がる大きな窓ガラスには無数の光りが散らばっていて、落ち着いた色の品の良い花柄のカーテンが、その夜景を額縁のように飾っていた。
見慣れた様子でその夜景の前を通り過ぎながら、紗耶はヨーロピアンなクイーンサイズのベッドに腰掛けた。
「ベッドでかっ!!何これ!?何人用のベッド!?」
真理はまるで小市民の代弁者にでもなったつもりで、紗耶の生活は異質な物なのだと大いに主張した。
「何人用かなんて知らないよ…。アタシが買ったんじゃないもん。」
紗耶は悪びれもせずそう言った。