僕らの背骨
「……本当にごめんね。…また遊びに来て良い?」
これが真理が紗耶に言える最大のフォローだった。
「…うん、…良いよ。」
紗耶は下を向きながら、その真理からの"社交辞令"がどうか本音であって欲しいと願い、素直にそう返事した。
真理は部屋を出て、廊下を抜けると、ダイニングルームの前で立ち止まった。
まだ紗耶の母がこの部屋にいるのなら、やはり挨拶をしていくべきだろうか…、と真理は考えた。
「………。」
真理はドアに耳を近づけ、人の気配を伺った。
数秒して微かな物音が真理の耳に入ったが、何故だかドアを開ける勇気はなかった…。
食事では自身の涙が場を混乱させ、気まずい印象を紗耶の母に植え付け、さらに泊まるはずだったにも係わらず紗耶を放ったらかしにしてこの家を去ろうとしている…。
紗耶の母の表情を見れば、その事実はもっとはっきりと真理の胸を締め付けるだろう…。
真理はこれ以上自身で罪の意識を感じる事を拒み、逃げるように玄関へ向かった。
入った時とは違い、その玄関の照明は消えていて、正面の大きな階段が薄暗く照らされながら不気味な雰囲気を醸し出していた。
ほんの数時間前は胸を踊らせながらこの階段を眺めていたというのに…、今はただ、深い後悔と懸念が真理の心を蝕んでいた。
鍵を開け玄関を出ると、真理はエレベーターに乗るなりメールを打ち始めた。
−今どこ?会いに行こうか?−
真理はそんな文面で親友への気遣いを表現した。
しかし、エレベーター内という事もあり、真理の携帯には電波が入らず、仕方なく真理は焦る気持ちを先延ばしにした。
一階に着くまでの間、時間にしたら数十秒、真理の閉じた瞳には紗耶の後ろ姿が浮かんだ…。
紗耶には何の非もない…。
ただその日、真理は一人でいるのが嫌で、携帯から適当に紗耶を選んだ。
そして、その罪無き紗耶を結果的に深く傷つける事となった。
あの"手紙"がその存在だけで真理の一日を混乱させ、傷つけた…。
そして今もこうして真理のバッグで眠りながら、その問題を継続させているのだ。
結局紗耶は、その手紙の相談役という真理目線での役目すら果たさぬまま、ただ孤独を味わった。